本稿は2021年1月8日発行の英語レポート「2021 Asian Fixed Income and FX Outlook」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

2020年を振り返って

2020年は、新型コロナウイルス感染症が引き起こしたパンデミックにより経済が急速に閉鎖され、一時的とはいえ、世界の経済活動が事実上停止するなど、市場にとって驚きに満ちた年であった。その結果、安全と言われる資産までも含め、金融市場のすべての資産クラスが極端なボラティリティを示した年になった。世界中の市場に大きな混乱が生じたため、各国政府は、市場が落ち着きを取り戻すための措置を競って導入した。当初は、どの国においても反応は弱く、そして対応がばらばらであったが、各国の金融当局と財政当局は、第1四半期末には強い対応を行うことで協調し、その結果、世界の債券市場の主だった分野を安定させることに成功した。世界のリスク資産は力強い回復を見せ、米国の株式市場は年末にかけて史上最高値を更新した。

このような環境のなか、米国債は、イールドカーブ(金利曲線)が全期間において82〜147ベーシスポイントという大幅な低下を見せた。低インフレ率、主要国の中央銀行による積極的かつ広範な政策支援、及び新型コロナウイルス感染症再拡大に対する懸念により、利回りは低水準を脱することはなかった。8月、米FRB(連邦準備制度理事会)のジェローム・パウエル議長は、雇用機会を最大限に増加させることとインフレ目標を達成するために、柔軟な平均インフレターゲット政策を正式に採用するという、大きな政策転換を発表した。その結果、インフレ率上昇の期待から長期金利が上昇したが、相対水準としてはまだ低い状況が続いた。米国の選挙後は、市場のリフレ期待を反映して、米国債のイールドカーブはスティープ化(長短金利差が拡大)した。また、新型コロナウイルス感染症ワクチンの治験結果が良好であったことも、長期金利の上昇要因となった。

アジアの数カ国はパンデミックの影響で定義上の景気後退となり、その後の回復も部分的に留まり、国によって回復の強さが異なったものになった。各国政府・中央銀行による迅速さと規模の両面において前例のない強い政策対応が奏功し、より壊滅的な結果を回避することができた。アジアを地域別に見ると、北アジア諸国の回復力が比較的強いことが証明された。需要が低迷するなか、インフレ圧力は低下し、マレーシア、シンガポール、タイの対前年同期比の総合消費者物価指数は一時的とはいえマイナスに転じた。

全体として、アジアの現地通貨建て国債のトータルリターンはプラスとなり、Markit iBoxxアジア現地通貨建て債券指数(ALBI)の米ドルベース・為替ヘッジなしの騰落率は+7.66%1となった。一方、リスク選好意欲の高まりにより、米ドルはアジアのほとんどの通貨に対して下落した。トータルリターンベースでは、インドネシアとフィリピンの債券は、中央銀行による積極的な金融緩和により、債券に対する需要が支えられ、アジア他国をアウトパフォームした。インドネシア債券は、インドネシアの中央銀行の流動性供給策と海外投資家の資金が戻ったことの恩恵も受けた。対照的に、タイは、長引く政治的緊張と観光収入の激減が市場心理の低下を招き、すべての資産クラスが影響を受け、債券も著しくアンダーパフォームした。

図表1

2021年の展望

2021年の世界の経済成長はさらに加速すると予想されるが、回復の速度は国ごとに異なったものになると思われる。米国では、冬に向かって新型コロナウイルス感染症の新規感染者数が再び増加することで、外出などの制限が再導入される可能性もある。このことは、2020年第4四半期と2021年第1四半期の成長にとって大きな逆風となる。一方では、バイデン政権による歳出増は、経済活動縮小による下振れリスクを軽減すると考えられる。ワクチン接種が世界的に進むにつれて、世界経済は緩やかな回復を示すと予想される。

一方、インフレ率は現在の低水準から上昇するが、需給ギャップがマイナスの状況が続くと予想されるため、引き続き制御可能な水準で推移すると見る。FRBは、柔軟な平均インフレターゲット戦略を採用している。米国経済が完全雇用の状態になるにはまだ時間がかかるとの見方を考え合わせると、2021年中にFRBが利上げすることは想定しない。したがって、アジア地域の各中央銀行には、必要があれば、金融政策をさらに緩和する余地が残る。当社の見解では、インドネシア、マレーシア、フィリピンなど、新型コロナウイルス感染症の封じ込めに時間を要している国では、より多くの政策支援が必要になると思われる。これら諸国では、中央銀行が短期的にさらなる利下げを実施すると予想する。

2021年の米国債利回りは、ワクチンの普及に支えられた成長回復、財政支援、FRBによるハト派的(景気に対して弱気)な姿勢の継続が相まって、上昇すると予想する。リスク選好意欲の改善を背景に、新興国の現地通貨建て債券市場への資金流入は引き続き増加すると考えている。インドネシアのように高いキャリー収益が見込める国を選好する。事実、インドネシアへの資金流入は回復し始めている。インドの債券に関しては我慢が必要であり、インフレ圧力が緩和されるのを待つ方針である。アジアの各通貨は米ドルに対して強含むと予想され、中国人民元、韓国ウォン、シンガポールドルなど貿易に敏感な通貨が特にアウトパフォームすると予想する。長引く政治リスクは、マレーシアリンギットとタイバーツにとっては大きな逆風であり、これら通貨のパフォーマンスはアジア他国通貨に劣後すると考える。

当社の投資方針の主な下振れリスク要因は、ワクチン開発の遅れ、主要国間の地政学的緊張の高まり、予想を超える成長回復が引き起こすインフレ圧力の高まりなどである。

図表2

各国の展望

中国

中国の経済成長は、2020年第1四半期の弱さから回復した。共産党中央委員会は最近、第14次5カ年計画の長期目標を発表し、そのなかで自立が重要なテーマであり、技術イノベーションは国の発展に不可欠であることが強調された。全体として、現時点で成長を脅かす要因はほとんどなく、中国人民銀行(中央銀行)には金融を緩和する理由があまり見当たらず、中国の現地通貨建て債券は短期的には弱含んだ状態が継続すると思われる。成長率が上昇に転じたことが明白になるまでは、そしてその時期はおそらく2021年第1四半期であると思われるが、債券利回りは小幅ながら上昇し続けると思われる。

米中関係の緊張に関しては、米大統領選でジョー・バイデン氏が勝利したが、米国の中国に関する発言内容が大きく変化することはないと当社は考える。ただ、バイデン政権は適切な外交ルートを通じて中国と対話を図る可能性が高く、二国間関係の不安定さと不確実性が軽減されると考える。これにより、市場のリスクプレミアムが若干低下すると思われる。

米国の選挙後、中国人民元は米ドルに対して上昇を続けている。10月、市中銀行の先物レート算定のためのリスク準備率の引き下げを中国当局は決定した。このことは、中国当局が今後、人民元高に大きく誘導する可能性が小さくなったことを示唆した。しかしながら、中国の高い成長性、大幅な経常黒字、人民元の国際化推進という構造的な要因により、中期的には他のアジア通貨をアウトパフォームすると思われる。

韓国

韓国の国内総生産(GDP)成長率は、主に輸出の力強い回復に支えられて、アジア他国と比較して底堅さが見られた。2020年の第3四半期には、パンデミックの影響による世界的な在宅勤務・学習の拡大を受け、メモリや電子機器の需要拡大が寄与し、前四半期比でGDPが1.9%拡大した。韓国銀行(中央銀行)は、2020年通年のGDP成長率をー1.1%、2021年は+3%と予測している。米バイデン次期大統領が、特に貿易面で、より予測可能な経済政策を採用すると当社は考えており、民間の設備投資が世界的に拡大する可能性がある。このことは韓国の輸出の成長を後押しすることにつながると思われる。

韓国の現地通貨建て債券は米国債と同様の値動きをすると予想される。韓国銀行にはもう利下げの余地がなく、膨れ上がった家計向けローンなどによる金融不安への懸念を抱えているので、次の金融政策決定会合では現状維持を決定することになるであろう。しかし、韓国銀行は、必要に応じて措置をとる準備ができていることを繰り返し述べており、市場はこれを韓国銀行による債券買入増加のサインとして受け取っている。

一方、中国と同様に、韓国の経済成長の回復と経常黒字の拡大は、韓国ウォンの対米ドルでの上昇を後押しするだろう。5Gテクノロジーの重要性の高まりと世界的普及の加速は、テクノロジーサイクルの速度を速め、韓国の株式、ひいては通貨のサポート要因となるであろう。しかしながら、最近の韓国金融当局からの発言内容がタカ派的(景気に対して強気)に変わっていることには注意を要する。これは、当局が更なる通貨の大きな変動に対する警戒感を強めていることを示唆している。

マレーシア

マレーシアにとって経済回復の最大のリスクは、与党連合が、議会で過半数を占めているとはいえ、野党との議席数の差は僅少であり、長期にわたって政権基盤が弱いという政治面の不確実性である。総選挙の実施が予想され、これが中期的な回復に水を差すことにつながる可能性がある。新型コロナウイルス感染症の再拡大により、封じ込め措置が再導入されたが、措置は以前ほど厳しいものではなく、局所的な導入に留まっている。したがって、経済成長を停滞させるとしても、2020年第2四半期ほど深刻になるとは考えられない。マレーシアの中央銀行は、世界的な需要と国内投資の回復がけん引役となり、2021年の成長率を6.5%~7.5%と予測している。成長が下振れしそうな場合、中央銀行には金融緩和をさらに進める余地があることを忘れてはならない。金融の緩和余地は、現地通貨建て債券を年金筋が売却した場合でも、需要をサポートする要因になると思われる。

為替に関しては、2021年上半期は、中央銀行による金融緩和の可能性と、コモディティ価格の伸び悩みや政治面の不確実性が市場心理に悪影響を与えるため、マレーシアリンギットは他のアジア通貨をアンダーパフォームすると予想する。ただ、安定した経常黒字のおかげで大きく売り込まれることはないと考える。

シンガポール

シンガポール経済は、4月~6月期における過去に例がないほどの落ち込みの後、2020年第3四半期は好転した。国内部門の極端な落ち込みは、輸出部門、特にエレクトロニクスの増加によって一部相殺された。MAS(シンガポール金融庁)は、2020年のGDP成長率が6.5%~6.0%のマイナスとなり、2021年は逆にベース効果により、長期トレンドを上回る成長率を上げると予想している。政府当局は、段階的に安全が確保できる方法で他国との往来を再開することを推し進めてきた。2021年になり、ワクチンが普及することにより、世界的なハブとしての地位を徐々に復活させることができると当社は考える。

シンガポール国債は、国内の流動性が潤沢であることとシンガポールドルの先高感を背景に、引き続き米国債をアウトパフォームすると思われる。また、シンガポールドルに関しても、貿易が引き続き回復傾向にあることと2021年後半に回復し始めると考えられる航空旅客需要がサポート要因になると考える。

タイ

タイのGDP成長率は、ウイルス封じ込め措置の緩和と歳出増などにより、2020年第3四半期は対前四半期比で+6.5%と力強い回復を見せた。この良好な結果はタイが最悪期を脱したことを示唆している。しかしながら、タイ経済が外国人観光客に大きく依存している一方、政府が外国人の入国緩和を慎重に進めているため、これからの回復のペースは遅いと思われる。さらに、反政府の抗議活動が続いていることも、ただでさえ弱い成長見通しをさらに悪化させる要因になり得る。

成長見通しが弱いことを受けて、タイの中央銀行がさらなる利下げを実施することは可能だが、政策金利は既に0.50%という水準であり、追加利下げの余地はほとんどない。特に国内の流動性が潤沢であるため、利下げは現地通貨建て債券の需要をサポートするだろう。相対的な価値の観点から、海外投資家はより高いリスク調整後リターンを提供する債券を選好する傾向にある。

また、長引く政治的緊張と観光収入の激減が通貨を圧迫する要因であり、タイバーツは中期的に他のアジア通貨をアンダーパフォームすると予想する。ただ、持続的かつ比較的大きな経常黒字は、通貨下落を多少は和らげる要因と考える。

インド

インド経済は、新型コロナウイルス感染症が引き起こしたパンデミックによって他国に比べ大きな打撃を受けた。インドの工業生産高は、6ヶ月連続で前年同月を下回ったが、封鎖措置の緩和に伴い、9月に漸くプラスに転じた。更新間隔が短い各種データも、回復が進んでいることを示唆している。これに加えて、政府は最近、経済支援のための新たな政策を発表した。新型コロナウイルス感染症の再拡大がなければ、景気回復は想像以上に強いものになるかもしれない。それは政策金利引き下げの緊急性の後退につながると思われる。

一方、インド準備銀行(中央銀行)が採用した非伝統的な政策と債券サポート策は、ここ数ヶ月、インドの現地通貨建て債券を強力にサポートした。インドの現地通貨建て債券のキャリー収益は魅力的であり、また新興国への資金流入が再び増加することの恩恵を受けることになるであろうが、さらに強気になるためには、インフレ圧力の低下に持続性があることを確認できるのを待つことが賢明であると考える。

インドネシア

他のアジア諸国と同様に、インドネシアの第3四半期の経済成長率は、大都市での経済再開を反映して改善が見られた。一連の支援策実行により大幅に増加した歳出が寄与した。ただし、回復力は弱く不確実な点が多くある。国内の新型コロナウイルス感染症の新規感染者数は落ち着きを見せるようになっているが、依然として高水準であり、家計や企業は引き続き支出に慎重な姿勢である。当社は、政府が財政支出策を実行に移すと考えており、これが今後数ヶ月間は、引き続き成長の大きな推進力になるはずである。本格的な回復は、ワクチンが普及すると考えられる2021年半ばから年末まで待つことになるであろう。したがって、2021年のインフレ率は低水準に留まると予想する。一方為替レートは、表面上は安定しており、インドネシアの中央銀行は、3回続けて金融政策決定会合で金利を据え置いた後、金融緩和を再開した。今後に関しては、経済成長に重きを置くことが明確であることから、中央銀行が追加利下げを実行することが見込まれる。

2021年の年初はインドネシアの現地通貨建て債券をオーバーウェイトの見通しとする。前述のように、低インフレ率でありながらGDP成長率は緩やかに回復しており、中央銀行は少なくとも第1四半期中は金融緩和を継続すると考える。当社は、インドネシア債券はアジア他国をアウトパフォームすると見ているが、そのもう1つの理由はインドネシア債券が比較的高い利回りを提供するからだ。当社は海外からの新興国債券市場への資金流入が増加すると予想しており、インドネシアの債券とルピアの両方がその恩恵を受けると考える。

フィリピン

フィリピンの経済成長のモメンタムはアジア他国ほどの強さが見られない。信頼感の低迷により民間部門の支出が激減している一方、公共部門の支出も弱い状況が継続している。経済を支えるために、フィリピンの中央銀行は、政策金利を過去最低の2%2に引き下げた。

今後、大規模な財政支援策が見込まれず、フィリピンの回復ペースはアジア他国と比べてはるかに弱いと予想される。新たな財政支援策は、2021年中に法制化が予定されている企業復興税優遇法(CREATE)による減税策が中心となる。フィリピンでは既存の予防接種率が低く、新型コロナウイルス感染症のワクチンが入手できた際も接種が進まないことが想定されるため、経済活動を回復させるまでに相当の時間がかかる可能性がある。したがって、インフレ率は当面低く推移すると予想する。そのため、中央銀行はさらに金融緩和を進める可能性が高いと考える。フィリピンの現地通貨建て債券にとって好都合な金融環境であるにもかかわらず、来年のフィリピンの現地通貨建て債券利回りは、市場がパンデミックによる低迷からの回復を今後織り込んでいくと思われることから、現在の歴史的な低水準から徐々に上昇すると予想する。

一方、輸入が2020年に激減したことは、フィリピンペソの力強い上昇につながった。経済活動やインフラ支出が再開するにつれて、貿易赤字は、過度ではないにせよ、再び拡大するはずだ。当社はペソに対して中立的な見方を維持する。

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