本稿は2022年5月20日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

金利市場は安定を見込むもアジア通貨に対しては慎重な見方、アジア・クレジットは中長期スタンスの投資家にとって買いの好機にある可能性

サマリー

  • 4月の米国債市場はイールドカーブ全体で利回りが上昇した。月初に公表された3月のFOMC(連邦公開市場委員会)議事録がタカ派的な内容だったことをきっかけに、続いて総合CPI(消費者物価指数)上昇率が加速したことや米FRB(連邦準備制度理事会)のガイダンスがタカ派色を強めたことも、利回りの上昇を促した。市場はその後安定化の兆しを見せたが、月末の利回り水準は2年物で前月末比0.381%上昇の2.718%、10年物で同0.597%上昇の2.937%となった。
  • アジア地域の大半の国では、3月の総合CPI上昇率がエネルギーや食品の価格上昇を受けて加速した。韓国の中央銀行は、GDP成長率が鈍化する可能性があるもののCPIインフレ加速の可能性も否めないとして、政策金利を引き上げた。一方、インドとインドネシアの中央銀行は政策金利を据え置いた。
  • MAS(シンガポール金融通貨庁)は為替政策の積極的な引き締めを実施し、2022年のGDP成長率が公式予想レンジの3~5%内にとどまるとの見方を維持する一方、総合およびコアインフレ率については予想レンジを引き上げた。
  • 中国は、過去2年で最悪となった新型コロナウイルスの感染拡大を封じ込めるのに苦戦するなか、当局が金融・財政両政策による景気支援を強化した。月末にかけては、習近平国家主席がインフラ整備に「総力を挙げる」よう指示するなど、党幹部が景気浮揚策の拡大を表明した。一方、中国人民銀行は市中銀行の外貨預金準備率を1.00%引き下げた。
  • 当社では、市場がFRBのタカ派姿勢を概ね織り込んでいるとみており、アジアの現地通貨建て国債に対してスタンスを中立とする一方、アジア通貨については比較的慎重な見方をしている。
  • アジアのクレジット市場は、米国債利回りの上昇を受けて下落し、月間トータルリターンが-2.24%となった。中国、香港、韓国、シンガポール、タイを除く域内各国でスプレッドが拡大した。インドネシアのクレジット市場は、政府によるパーム油の禁輸措置を一因として、パフォーマンスが劣後した。また、スリランカのソブリン債は月中に最安値を試す展開となった。
  • アジアのクレジットは、ファンダメンタルズの下方リスクが強まっているものの、現在のスプレッド水準にバッファーがあることや中国で景気への逆風に対抗する政策対応が見込まれることから、スプレッドの大幅拡大は避けられ得ると考える。オールイン利回り(債券発行時の国債利回り、スプレッド、発行価格のディスカウント、手数料等をすべて勘案した利回り)も歴史的に魅力のある水準まで上昇しており、中長期スタンスの投資家にとって買いの好機をもたらしているとみる。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

4月の米国債市場は前月に続き利回りが上昇
4月の米国債市場はイールドカーブ全体で利回りが0.381%~0.597%上昇した。きっかけとなったのは、3月のFOMC議事録がタカ派的な内容だったことで、注目すべき点として、委員会メンバーが今後の政策会合で利上げをより積極化させる方向に傾いていることが示されたのに加え、公表された保有資産の縮小ペースは市場予想レンジの最速水準となった。月半ばに発表された米国の3月の総合CPI上昇率は、食品およびエネルギーの価格上昇を一因として、前年同月比8.5%と1981年12月以来最も高い水準へと加速し、これを受けて米国債利回りは再び上昇した。また、議長をはじめ複数のFRB高官がよりタカ派色の強いガイダンスを示したため、米国債5年物の利回りは月末にかけて一時3%を突破する展開となった。その後は、中国で新型コロナウイルスの感染者数の急増が続くとともに米国の第1四半期のGDP成長率が市場予想を大幅に下回るなか、市場の注目が世界経済の成長鈍化懸念に向かったことから、米国債利回りは安定化の兆しを見せた。月末の利回り水準は2年物で前月末比0.381%上昇の2.718%、10年物で同0.597%上昇の2.937%となった。

チャート1

3月のインフレ圧力は概して上昇
域内諸国では、3月の総合CPI上昇率がエネルギーや食品の価格上昇を受けて加速した。タイの3月の総合CPI上昇率は前年同月比5.73%と、13年ぶりの高水準になった。シンガポールの同月の総合CPI上昇率は、2012年4月以来の高水準である前年同月比5.4%へと大きく加速した。インドネシアでは、総合CPI上昇率が(前月の前年同月比2.06%から)2年ぶりの高水準となる同2.64%へと勢いを強め、コアインフレ率も(前月の同2.03%から)同2.37%へと加速を見せた。韓国のCPI上昇率は2011年12月以来の高水準に達した。他では、インドの3月のCPI上昇率が食品・飲料価格の急上昇を受けて前月の前年同月比6.1%から6.95%へと加速し、2020年10月以来の高水準となった。

MASは為替政策の積極的な引き締めを実施
MASは、シンガポールドルのNEER(名目実効為替レート)の政策バンドについて、許容変動幅を維持する一方、中央値を「実勢水準」に設定し直すとともに傾きを「やや」引き上げると発表した。今回の決定に伴う声明では、「根本的なインフレ圧力が依然として中期的なリスクになっている」との見方が示された。また、政策当局は同国の経済が「2年連続で潜在成長率を上回る伸びを見せる」と予想している。MASは、2022年のGDP成長率が公式予想レンジの3~5%内にとどまるとの見方を繰り返す一方、総合およびコアインフレ率については、予想レンジをそれぞれ(従来の前年比2.5~3.5%から)4.5~5.5%、(従来の同2~3%から)2.5~3.5%へと引き上げた。

韓国の中央銀行が利上げ、インドとインドネシアの中央銀行は政策金利を据え置き
韓国の中央銀行は、2022年のGDP成長率が従来の予想を下回るとみられる一方、CPIインフレが2月時点での予想を「大幅に」上回る可能性が高いとして、主要政策金利を1.25%から1.5%へと引き上げた。また当月は、同中銀の新総裁に李昌鏞(イ・チャンヨン)氏が任命された。他では、インドとインドネシアの金融当局がそれぞれの政策金利を据え置いた。

中国当局は金融・財政両政策による支援を強化
中国は、過去2年で最悪となった新型コロナウイルスの感染拡大を封じ込めるのに引き続き苦戦するなか、国務院(内閣に相当)が、「国内外の不透明要因には一部予想を上回っているものがある」として、金融政策による支援の強化を求めた。これを受けて、中国人民銀行は、一部の銀行の預金準備率を0.25%引き下げることを発表するとともに、実体経済への支援増強を公言した。また、当局が市中銀行に対して預金金利の引き下げを促したことが報じられた。月末にかけては、習近平国家主席がインフラ整備に「総力を挙げる」よう指示するなど、党幹部が景気浮揚策の拡大を表明した。

中国人民銀行は市中銀行の外貨預金準備率を引き下げ
中国人民元は対米ドルで急落し、対米ドルでの月間下落率が約4%となった。FRBのタカ派姿勢や、複数都市でのロックダウン(都市封鎖)強化により中国経済の減速ペースが増すとの懸念が、人民元に対する市場心理を悪化させた。月末にかけて、中国人民銀行は金融機関の外貨預金準備率を5月15日付けで1.00%引き下げると発表したが、これは市場では人民元安抑制の試みと受け取られた。

今後の見通し

現地通貨建て国債に対しては中立スタンス、アジア通貨については慎重な見方
4月は、FRBが物価上昇圧力の高まりに対抗すべく今後数ヵ月にわたってより大幅な利上げを実施するとの見方が強まり、世界中で債券利回りが再び大きく上昇した。当社では、市場がFRBのタカ派姿勢を概ね織り込んでいるとみており、アジアの現地通貨建て国債のデュレーションに対してスタンスを中立としている。

一方、アジア通貨については比較的慎重な見方をしている。日銀は、他の先進国の中央銀行が金融政策を引き締める見通しであるのとは対照的に、超緩和的な金融政策スタンスの維持を再表明している。中国は「ゼロ・コロナ」戦略への固執がさらなる景気減速のリスクをもたらしており、人民元安が一段と進む可能性がある。こうした要因から、当社では人民元と円が下落するなかでドルの全面高が続くと予想している。


アジアのクレジット市場

市場環境

アジアのクレジット市場は米国債利回りの上昇に伴い下落
アジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.011%縮小したものの米国債利回りが大幅に上昇したことから続落し、月間トータルリターンが-2.24%となった。格付別でみると、投資適格債は信用スプレッドが0.013%拡大して市場リターンが-2.50%となり、信用スプレッドが0.189%縮小しながらも市場リターンが-1.00%となったハイイールド債に対して劣後した。

月初のアジアのクレジット市場は、リスク・センチメントの好転を受けて中国の不動産銘柄を中心に上昇した。その後、FRBのタカ派的ガイダンスが幾分市場心理の重石となったものの、中国の国務院が金融政策による支援の拡大を要請したことや、個人投資家から新興国債券への資金流入が増加したことによって相殺された。月半ばになると、CPI指標が世界的なインフレ圧力の加速を示すなどマクロ面でネガティブなニュースが続いたのに加え、FRBの発言がタカ派色を強めたことから、リスク・センチメントが一転悪化して信用スプレッドが拡大した。当局が過去2年で最悪となった新型コロナウイルスの感染拡大を封じ込めるのに引き続き苦戦している中国では、国務院の要請を受けて、中国人民銀行が一部の銀行の預金準備率を0.25%引き下げることを発表するとともに、実体経済の支援増強を公言した。また、当局が市中銀行に対して預金金利の引き下げを促したことが報じられた。月末にかけては、複数都市でのロックダウン強化により中国経済の減速ペースが増すとの懸念や中国人民元の急落を受けて、すでに弱まっていたリスク・センチメントが一段と悪化し、中国の現地通貨建て債券に特化したファンドを中心に多額の資金が流出した。しかし、習近平国家主席がインフラ整備に「総力を挙げる」よう指示するなど、党幹部が景気浮揚策の拡大を表明したことをきっかけに、月の最後の数日はリスク・センチメントが改善した。また、月の初めにハードカレンシー建て新興国債券への資金流入が回復したこともポジティブな変化の1つだったが、月の終盤には資金流出が激しくなった。

国別では、中国、香港、韓国、シンガポール、タイを除く域内各国でスプレッドが拡大した。インドネシアのクレジット市場は、政府によるパーム油の禁輸措置を一因として、パフォーマンスが劣後した。注目すべき点として、格付機関S&Pグローバル・レーティングは、インドネシアの対外債務の状況が改善していることや財政再建に向けて徐々に進展がみられていることなどを理由に、同国の信用格付け見通しを「ネガティブ」から「安定的」へと引き上げた。フロンティア市場では、政府が対外債務の返済を停止し債務再編を求めたスリランカのソブリン債が、最安値を試す展開となった。スリランカが外貨建てソブリン債の利払いを履行できなかったことから、S&Pは同国のソブリン債格付けを「部分的デフォルト」に引き下げた。パキスタンは政治的混乱に見舞われ、イムラン・カーン首相が議会による不信任決議案可決を受けて失職したが、IMF(国際通貨基金)の融資が1年延長されるとともに80億米ドルへと増額され、新政権にはある程度の余裕がもたらされている。

4月の発行市場は起債活動が鈍化
投資適格債分野では、TSMC Arizona Corpのディール(4トランシェで総額35億米ドル)やFreeport Indonesiaのディール(3トランシェで総額30億米ドル)を含め、計26件(総額145億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド債分野の新規発行は計14件(総額約35億米ドル)となった。

チャート2

今後の見通し

ファンダメンタルズの下方リスクが強まるものの、既存のバッファーによって大幅なスプレッド拡大は回避へ
ロシア・ウクライナ戦争が続くなかで地政学的緊張が高まっているところに、中国の主要都市で新型コロナウイルス対策のロックダウンが長期化していること、世界中の中央銀行がインフレを抑制するために積極的かつ同時期に金融政策の引き締めに踏み切り金融環境がタイト化していることが重なって、当面は全般的に低調なリスク・センチメントが続くとみられる。こうした世界・地域での動向を受けて、アジアのマクロ環境や企業の信用ファンダメンタルズに対する下方リスクも強まっており、国・セクター間のパフォーマンス格差は拡大するとみられる。しかし、現在のスプレッド水準にバッファーがあることや中国で景気への逆風に対抗する政策対応が見込まれることから、アジアの信用スプレッドの拡大は当面抑えられるだろう。加えて、米国の積極的な利上げサイクルが迫っていると思われるものの、米国債市場はこれをすでに十分織り込み直しており、特に前年同月比のインフレ率が今後徐々にではあるが鈍化するとみられることから、米国債利回りの上昇リスクは限定的と想定される。アジア・クレジットはオールイン利回りも歴史的に魅力のある水準まで上昇しており、中長期スタンスの投資家にとって買いの好機をもたらしている。


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