本稿は2022年7月15日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

マレーシア債券の選好を継続、市場全体のデュレーションに対する弱気度を緩和

サマリー

  • 6月の米国債市場は利回りが上昇した。米FRB(連邦準備制度理事会)が0.75%の利上げを実施する一方、ECB(欧州中央銀行)は7月に資産購入プログラムを終了し利上げを開始すると発表した。米国ほか先進国の経済指標が発表されると、リセッション(景気後退)に陥るのではとの懸念が浮上した。月末の利回り水準は2年物で前月末比0.399%上昇の2.957%、10年物で同0.169%上昇の3.016%となった。
  • アジア諸国の5月のインフレ圧力は輸送費と食品価格の上昇を主因として加速し、特に韓国、タイ、インドネシア、シンガポール、マレーシア、フィリピンではそれが顕著となった。タイ、インドネシア、フィリピン、インドの中央銀行は、食品およびエネルギー価格の高止まりを受けてインフレ予想を上方修正した。インドネシアとタイの中銀は政策金利を据え置く一方、インドとフィリピンの中銀はともに政策金利を引き上げた。
  • 中国では当月、追加の消費拡大策の実施、財政支出のさらなる加速、特別地方政府債の発行など政策当局が一層の景気支援を行う方針を示し、中国人民銀行が緩和的な金融政策を維持すると述べた。ゼロコロナ政策の継続が再確認されたものの、月末にかけては海外からの入国者に対する隔離措置が緩和された。
  • アジアの現地通貨建て債券では、他国に比べてインフレが抑制されるとみているマレーシアの債券を引き続き選好する。また、アジア債券市場全体のデュレーションに対する弱気度を徐々に後退させつつある。通貨については、シンガポールドル、中国人民元、韓国ウォンを選好する一方、タイバーツ、インドネシアルピア、フィリピンペソに対して慎重な見方をしている。
  • アジアのクレジット市場は、信用スプレッドが拡大するとともに米国債利回りが大幅に上昇したことから、月間トータルリターンが-2.28%となった。国別では、マレーシアと台湾を除く各国でスプレッドが拡大した。格付機関S&Pは、マレーシアのソブリン債格付け見通しを上方修正した。
  • アジアのクレジット市場では、ファンダメンタルズの下方リスクが強まっているものの、現在のスプレッド水準にバッファーがあることや中国で一層の政策緩和が見込まれることから、当面のスプレッド拡大は食い止められるとみている。それでも、特に先進国のクレジット市場でスプレッドの拡大が見られているなか、アジア市場でも拡大圧力が感じられるだろう。よりポジティブな点としては、市場の懸念がインフレから経済成長へとシフトし始めているため、米国債利回りの上昇リスクが抑えられ、今後のトータルリターンへの下方リスクが低減する可能性がある。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

6月の米国債市場はイールドカーブ全体にわたって利回りが上昇
6月の米国債市場はイールドカーブ全体にわたって利回りが大幅に上昇したが、短期ゾーンがアンダーパフォームしたため最終的にイールドカーブはフラット化した。米国の5月の総合CPI(消費者物価指数)上昇率が前年同月比8.6%と市場予想を大きく上回ったことから、FRBによる金融政策引き締めのペースが早まるのではとの不安が広がった。また、ECBは7月に資産購入プログラムを終了し利上げを開始すると発表した。このような展開を受けて、世界の債券利回りは著しい調整に見舞われた。月半ばには、FRBが1994年以来となる0.75%の大幅利上げを実施した。同中銀のジェローム・パウエル議長が「次の会合では0.50%または0.75%の利上げを行う可能性が最も高いと思われる」と述べると、今後の利上げに対する市場予想が修正され、米国債利回りはそれまでの上昇分を一部戻す展開となった。その後、米国ほか先進国で軟調な経済指標が発表されると、主要国がリセッションに陥るのではとの懸念が強まり、債券利回りは世界的に幾分低下した。月末の米国債利回りは2年物で前月末比0.399%上昇の2.957%、10年物で同0.169%上昇の3.016%となった。

チャート1

5月のインフレ圧力は増大
韓国、タイ、インドネシア、シンガポール、マレーシアおよびフィリピンでは、引き続き輸送費と食品価格の上昇を主因に5月の総合CPI上昇率が加速した。フィリピンの総合CPI上昇率は前年同月比5.4%と、前月の同4.9%から加速するとともに同国中央銀行の目標レンジである2~4%を大きく上回った。タイの総合インフレ率は、エネルギーおよび食品の価格上昇を主因として、前年同月比7.1%と前月の同4.7%から加速した。シンガポールの総合CPI上昇率は、住居費と民間道路輸送費の上昇ペースがともに上がったことを受けて前年同月比5.6%へと拍車がかかり、インドネシアの同指数も上昇率が前年同月比3.55%へと高まった。

各国中央銀行はインフレ予想を引き上げ
食品およびエネルギー価格が高止まりしていることから、アジア諸国の金融当局はインフレ予想を上方修正した。タイの中央銀行は2022年のインフレ予想を、総合インフレ率については従来の4.9%から6.2%へ、コアインフレ率については従来の2.0%から2.2%へ、それぞれ引き上げた。インドネシアの中央銀行は、食品やエネルギーの価格上昇を主因として、総合CPI上昇率が目標レンジの2~4%を上回り、年末までに4.2%に達すると予想している。一方、フィリピン中央銀行のベンジャミン・ジョクノ総裁(退任予定)は、同中銀のインフレ基調予想が上方にシフトしていると公言した。現在の予想では、平均インフレ率は2022年に同中銀の目標レンジ2~4%の上限を上回る5%、2023年に4.2%になるとみられている。その他では、インド準備銀行が、2023年度(2022年4月~2023年3月)の総合CPI上昇率予想を従来の5.7%から6.7%へ引き上げたと発表した。

インドネシアとタイの中央銀行は政策金利を据え置き、フィリピンとインドの中央銀行は利上げを実施
インド準備銀行は、預金準備率を据え置く一方で主要政策金利を0.50%引き上げて4.90%にするとともに、政策声明から「緩和的スタンスを維持する」との文言を削除した。フィリピン中央銀行も0.25%の利上げを実施し、政策金利を2.5%とした。一方、インドネシア中央銀行は政策金利を据え置き、景気回復を支え自国通貨ルピアの安定化を促す必要があるとあらためて述べた。同様に、タイ中央銀行の金融政策委員会も4対3で政策金利の据え置きを決定したが、緩和策の必要性は今後低下するとの見方を示し、年後半に利上げを実施する可能性を示唆した。

中国の政策当局はさらなる経済支援を示唆
中国の習近平国家主席は、「通年の経済・社会開発目標を達成し新型コロナウイルスの影響を最小限に抑えるために、マクロ経済政策の調整を強化してより効果的な措置を講じる」ことを表明した。一方、同国の李克強首相は国務院の会議で、消費が景気回復の重要な原動力であるとし、追加の消費拡大策の実施を当局に要請した。同様に、劉昆財政相は当局が経済支援の新たな政策手段を検討していると述べ、政府が財政支出と特別地方政府債の発行を一層加速させていくと付け加えたほか、中国人民銀行の易綱総裁も、同中銀が「景気回復を全体として支えていくために」緩和的な金融政策を維持すると表明した。月末にかけては、当局が海外からの入国者の隔離期間を短縮したことから、中国が慎重ながら「ウィズコロナ」方針に移行しようとしているかもしれないとの期待が幾分高まったが、習国家主席はその後ゼロコロナ政策の継続を再確認し、同国にとってこれが「最も経済的かつ効果的」な政策であるとの見方を示した。

今後の見通し

現地通貨建て債券ではマレーシアを選好、通貨では中国人民元、韓国ウォン、シンガポールドルを選好する一方でタイバーツ、インドネシアルピア、フィリピンペソに対して慎重な見方
米国のブレークイーブン・インフレ率(期待インフレ率)が6月中旬以降鈍化していることから、当社では市場がFRBのタカ派路線を概ね織り込んだとみており、したがってアジアの現地通貨建て債券市場全体のデュレーションに対する弱気度を徐々に後退させつつある。域内では、他国に比べてインフレが抑制されるとみているマレーシアの債券を引き続き選好する。

通貨については、シンガポールドル、中国人民元、韓国ウォンを選好する一方、タイバーツ、インドネシアルピア、フィリピンペソに対して慎重な見方をしている。シンガポールでは、コアインフレが依然として高止まりしているため、MAS(シンガポール金融通貨庁)による為替政策のさらなる引き締めが予想されており、これをサポート材料としてシンガポールドルはアウトパフォームするとみられる。一方、中国人民元は、中国が海外からの入国者の隔離要件を緩和したのに加えて、バイデン政権が中国から米国への輸出品に対する追加関税を一部引き下げる可能性があるとの期待が高まっていることが、今後の追い風になるだろう。

対照的に、タイバーツ、インドネシアルピア、フィリピンペソについては、各国の対外収支の悪化が投資家心理の足かせになると予想する。インフラ投資に再び注力しているフィリピンとインドネシアでは輸入の伸びに拍車がかかる可能性があり、またタイバーツとフィリピンペソの両通貨はエネルギー価格の高止まりが引き続きリスクになるとみられる。タイとインドネシアの中央銀行がアジアにおける利上げサイクルで出遅れていることも、両国通貨の重石となり得る要因だ。


アジアのクレジット市場

市場環境

アジアのクレジット市場は信用スプレッドの拡大や米国債利回りの大幅上昇を受けて下落
アジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.212%拡大するとともに米国債利回りが再び大幅に上昇したことから、月間トータルリターンが-2.28%となった。格付け別では、スプレッドの拡大が0.054%にとどまった投資適格債の月間市場リターンが-1.54%となる一方、ハイイールド債は、中国発行体のストレスが不動産セクター以外にも広がりつつあるとの懸念が強まりスプレッドの拡大幅が1.258%に及んだため、月間市場リターンが-6.09%となり大幅にアンダーパフォームした。

アジアの信用スプレッドは当初、中国のPMI(購買担当者景気指数)が回復したことや2ヵ月に及んだ上海のコロナ対策のロックダウン(都市封鎖)が解除されたことを好感して縮小した。その後は、世界の金融環境の急速なタイト化、そして5月の米国CPIの上振れがあらためて示したインフレ定着の兆候に市場の注目が集まったため、リスク・センチメントが全般的に悪化し、米国債利回りが大幅に上昇するなか、信用スプレッドは拡大し始めた。月後半になって投資家の注目が景気低迷に移ると、リスク・センチメントは世界的に幾分改善したが、それでもアジア・クレジットのスプレッドは、主に中国のハイイールド銘柄が足かせとなり、個別発行体の動向や新興国債券ファンドからの資金流出の加速を背景に拡大基調となった。格付機関ムーディーズが、中国の復星(Fosun)の格付けを引き下げ方向で見直しの対象としたことも、投資家が金利上昇リスクやリセッション・リスクの高まりを受けてポジション調整を行うなかで、鉱工業銘柄や消費関連銘柄への圧力につながった。中国では、5月の経済活動指標が緩やかな回復を示す内容となったのに加え、信用指標が市場予想を上回るとともにテクノロジー・セクターで規制関連のポジティブなニュースが報じられたため、同国の格付けが高めの投資適格社債に対する需要が継続した。一方、習国家主席が同国の今年の経済目標達成に向けて「より強力な措置」を講じると明言するなど、政府高官は景気刺激策を強化する用意があることを示唆した。月末にかけては、当局が海外からの入国者の隔離要件を部分的に緩和し、投資家のあいだで中国の外国人入国受け入れ再開の取り組みに向けた重要な一歩と受け止められた。

国別では、マレーシアと台湾を除く各国でスプレッドが拡大した。S&Pは、「今後2年にわたりマレーシアの着実な成長モメンタムと好調な対外収支が維持されるとの予想」を反映し、同国のソブリン債格付け見通しを「ネガティブ」から「安定的」へと引き上げた。インドのクレジット市場はアンダーパフォームした。格付機関フィッチ・レーティングスが同国のソブリン債格付け見通しを「ネガティブ」から「安定的」へと引き上げるとともに政府系機関の見通しも引き上げたものの、世界的なリセッション懸念を受けたベースメタル価格の大幅調整が一部のインド社債にとって大きな悪材料となったのに加え、エネルギー価格の高騰やインフレの高まりが同国のマクロ経済および財政の健全性に圧力をもたらしていることも、同国のクレジット市場全体の重石となり続けた。フロンティア市場では、IMF(国際通貨基金)がスリランカへの支援プログラムに向けた進展を発表したが、同国でインフレ予想が急激に高まっていることから信用スプレッドが著しく拡大した。

6月の発行市場は起債活動が大幅に鈍化
6月の発行市場は、米国金利のボラティリティの高まりを受けて起債活動が一段と鈍化した。投資適格債分野では、韓国電力公社(Korea Electric)のディール(2トランシェで総額8億米ドル)やOverseas Chinese Banking Corporation Limitedの劣後債ディール(7.5億米ドル)を含め、計23件(総額87.8億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド債分野の新規発行は計18件(総額約22.1億米ドル)となった。

チャート2

今後の見通し

ファンダメンタルズの下方リスクが強まるものの、既存のバッファーによって大幅なスプレッド拡大は回避へ
地政学的緊張の激化、世界の中央銀行がインフレを抑制すべく積極的かつ同時期に金融政策の引き締めに踏み切っていることに伴う金融環境のタイト化、主要先進国におけるリセッション・リスクの高まりが重なって、逆風は依然として強い。最近のロックダウン・移動制限の緩和を受けた中国の景気回復は、ある程度の下支えになるとみられるものの、世界経済が見舞われている困難を打ち消すに足るとは考えにくい。また、中国はゼロコロナ戦略を堅持しているため、新型コロナウイルスの感染が再び拡大すれば景気回復の勢いに悪影響が及びやすい状況は変わらない。こうした世界・地域動向により、アジアのマクロ環境や企業の信用ファンダメンタルズに対する下方リスクは強まるとみられ、国・セクター間のパフォーマンス格差は拡大する可能性が高い。アジアのクレジット市場では、ファンダメンタルズ面のバッファーがあることや中国でさらなる政策緩和が見込まれることから、当面はスプレッドの拡大が食い止められるとみているが、それでも、特に先進国のクレジット市場でスプレッドの拡大が見られていることを考えると、アジア市場でも拡大圧力は感じられるだろう。よりポジティブな材料としては、市場の懸念がインフレから景気へとシフトし始めているなか、米国債利回りの上昇リスクが抑えられ、延いては今後のトータルリターンへの下方リスクが低減する可能性がある。


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