日本の豊富な森林資源を活用し再生する「ウッドサイクル」を促進することが経済的価値の創造と将来のネットゼロ・カーボン達成に貢献


サーキュラーエコノミーとウッドサイクル

事業会社のESG対応活動は、短期的にはコストが先行しがちなため、企業収益とはしばしばトレードオフの関係となります。そのため、ESGが要請する社会利益の創出と、運用会社にとって最も重要なミッションである顧客利益の最大化を如何に両立させていくか、そのことが我々の目下の課題です。環境課題解決と経済付加価値創出を並行して達成する、この命題をクリアする具体的アプローチの一つとして、サーキュラーエコノミーの存在に注目しています。その理由は 1)理念だけでなく具体的な経済価値創出への道筋が示されている 2)実際に社会課題に直面することになる若年層の共感を得ている 3)日本社会との親和性が非常に高いことなどで、「社会課題をビジネスで解決しうる企業に投資する」という、私たちの考え方にも合致しています。サーキュラーエコノミーには様々な切り口があり、具体的施策の一つとして、ウッドサイクルの促進というアプローチがあります。

下図は、日本が2050年カーボンニュートラルを達成するための基準年である2013年を基点とした、実現に向けたロードマップを示しています。2013年のCO2総排出量12.4億㌧のうち、建設由来の排出量が4.8億㌧と4割近くを占めています。また世界中の資源の45%は建設業界で消費され、現在は建物の解体後に大半の資源が埋立て・焼却処分されています。こうしたことからも、この分野の環境負荷低減が世界的な課題であることは明らかです。

これら課題解決のために、森林資源を活用することは、廃棄物やCO2総排出量の低減などの大きな効果をもたらす可能性があります。森林資源活用をおこなうにあたっては、世界と日本では異なる課題があり、考慮すべき要素もそれぞれですが、これを示したのが次の図です。

海外の森林における課題

まず世界の課題です。こちらは森林面積の急減が大きな懸念材料です。下図は、過去30年の世界の森林面積の推移ですが、総面積は2010年以降の10年間にネットで約1000万ha減少しています。

計画性のない開発、食肉需要に対応するための牧場や大豆畑の乱開発、耕作地の拡大、火災などがその主な要です。日本の北海道、或いは2019年に豪州で発生し、数万匹のコアラが犠牲となった森林火災の焼失面積に匹敵する規模の森林が減少し、しかもそのペースは2000~2010年の減少幅の2倍へと加速しています。一刻も早く森林面積の減少を食い止め、保全・拡大へと転換することが急務です。

日本の森林における課題

次に日本の課題です。こちらは森林の「高齢化」によるCO2吸収効率の低下、森林資源のターンオーバーの低さが懸念材料です。日本では国土の7割を森林が占めており、その面積も過去50年間ほぼ横ばいです。日本の国土面積はOECD加盟34か国中12位ですが、森林率は3位の森林大国で、保全状態も良好です。しかし森林の高齢化によるCO2吸収量の減少という深刻な問題を一方では抱えています。一般に、樹木は若いほどCO2吸収率が高く、適度な伐採による若木への植替え促進と高齢木の利活用による循環プロセスの維持が、健全な森林維持の要件とされています。

下図は、日本の代表的な樹種であるスギとヒノキを例にとり、林齢の推移とCO2吸収量の関係を示しています。最も吸収量の大きい林齢10~20年のゾーンをピークとして、その後は吸収量が減少していき、50年超ではピーク時の半分以下へと減少することが見て取れます。若木による森林構成がCO2吸収の観点からは理に適っており、同時に、高齢の樹木は「使うべき充実した森林資源」としての、様々な消費財への転用が好ましいことをグラフは示唆しています。若木への植替え促進、建材や家具などへの高齢木の利活用とCO2の内部固定を通じた、循環型の森林モデル=ウッドサイクルを構築していくことが、森林資源を活かすためのポイントとなります。

現在、日本の森林面積(2,500万ha)のうち人工林が4割(1,030万ha)程を占め、その大半がスギやヒノキなどの針葉樹で構成されていますが、その平均樹齢は高く、CO2吸収量の将来的な減少が懸念されます。下図は、日本の人工林の林齢構成の変化を示したものです。日本は第二次大戦で荒廃した国土の復興と資材確保の目的から、過去に大量の人工林の植林を積極的に行いました。図は1966年当時と現在の状態を比較していますが、50年前には大部分を占めていた林齢10年未満の若木がその後生育し、現在は半分以上が50年を超えています。経済的側面から見れば、これらの古木たちは既に多量のCO2を吸着固定した環境資材としての収穫期を迎えています。しかしインフラの未整備や林業従事者の減少などの事情から、満足な伐採が行われていないのが現状です。スギを例にとると、伐採・再植林のターンオーバーは、現状は年間で全体の僅か2%程度です。その結果、これだけの豊富な資源を持ちながら国産材の自給率は42%程度に留まっています(アメリカと豪州の自給率は90%超)。数年来の未曽有のインフレの中で、世界的な木材価格の急騰(ウッドショック)が大きな話題となりました。しかしながら諸外国とは違い、日本はこの分野において具体的施策で対応できる余地が大きいと言えます。

過去に植林した樹木が生育し利用価値の高い環境資源となっている反面、森林全体のCO2吸収効率が低下しているこの現状を変えるには、生態系を保護しながら、高齢化してCO2を十分に固着し吸収効率の落ちた古木を伐採し、有効に活用した上で、再植林して森林を若返らせることが必要です。一歩視点を変えれば、日本は他国にないカーボンストレージが可能な豊富な森林資源があるという見方ができ、その潜在性は非常に大きいと考えています。

下図は、炭素の循環プロセスと固定期間を大まかに示しています。樹木は、光合成を通じて水を分解し、酸素を放出するとともに自らの養分を作り出します。この過程で触媒として取込まれたCO2が樹木の内部に半永久的に固定されますが、この現象も含めた広義の炭素固定に関わる概念を「Carbon Storage」と呼んでいます。樹木が枯死、あるいは火災によって燃えてしまえば、貯留されたCO2は大気中に短期間で放出されてしまいます。一方、古木を伐採して再植林し、非木造建築の代替や家具へと使用を促進することで、炭素の固定期間を長期化することができます。これにより社会全体の炭素固定量が増加し、脱炭素に大きな貢献ができます。

世界と日本、それぞれの課題と解決すべき方向性を改めて纏めると以下の通りです。

森林資源の分野での世界の課題は、森林面積の減少を食い止めることです。そして一刻も早く維持・保全に転化を図ることが必要です。そのためには、森林や生態系に関する深い知見と経験を有する専門事業者の関与が必然で、この条件を満たしたうえで、国や地域社会と協働した基金の立ち上げやコンサルティング活動、さらに例えば、ドローンや衛星等を活用した有効なマネジメントに至る、一気通貫のビジネスソリューションを形成していくことが有力な解決策の一つです。

一方、日本の課題としては、高齢化した森林を若返らせることです。ウッドサイクルを確立し、適正な伐採と再植林、伐採した国産材の積極的な利活用が解決策の一つとなり得ます。前述したように、樹木のCO2吸収効率は林齢10~20年のゾーンが最も高いです。カーボンニュートラル目標年である2050年、さらにはそのマイルストーンである2030年に向けて、今から取り組むことで、具体的な効果が期待できる分野でもあります。

これらアクションの結果もたらされるCO2総排出量や産業廃棄物の減少と、消費者や事業者が享受するコストダウン効果は、人間の精神面も含めて社会にもたらす好影響が極めて大きく、ESGが要請する社会的利益の拡大と経済的利益を一致させるモデルとして極めて有望だと考えています。

EUほどの市場規模を持たない日本が、環境分野での「ルールメイキング」において世界的な影響力を持つことは難しいかもしれません。一方で多くの国々が抱える課題に対し先駆けて好事例づくりを進める「モデルメイキング」では、世界に影響をもたらす大きな可能性が残されています。それは、欧州で環境に関わる言葉が提唱される遥か以前から、日本各地には代々築かれてきた資源循環を経済効果や持続可能性に繋げる優れた仕組みが存在し、そうしたモデルには各国が抱える課題へアプローチするヒントが豊富に含まれているからです。そうしたロールモデルを、今後も折に触れご紹介していきたいと考えています。

また、これらのアプローチを自身の経営計画の中で具体化し、財務・非財務両面の価値向上への取り組みを国内外で広く行っている企業が住友林業です。日本・東南アジアとオセアニアに28万㌶程の森林を保有・管理しており、森林経営から木材加工・流通、木造建築・バイオマス発電までの全てを手掛けているユニークな企業です。住友林業は脱炭素事業を3つの分野に分け、2030年をマイルストーンとしてそれぞれの拡大を目指しています。

一つ目は「循環型森林事業」の拡大による成長です。CO2を吸収する保護林を拡大し、同時に、炭素を十分に固定した経済林を伐採・利用し、再植林を加速させることで、脱炭素化とビジネスを並行して拡大させようとする意欲的な取り組みです。これを実現するための森林ファンドを設立し、現在28万㌶の森林保有・管理面積を2030年までに50万㌶へと拡大することを目標としています。2つ目は「ウッドチェンジの推進」です。木材コンビナートを設立して木材製品の生産性を向上させ、安価での供給体制、地域林業従事者の雇用創出につなげます。これにより、42%程度に留まる国産材自給率の大幅な引き上げと、木材利用促進による社会の炭素固定量増進を狙っています。3つ目は「脱炭素設計のスタンダード化」です。これは、木材利用の促進や、ZEB、オフィスビルの木造化などネットゼロカーボンビルの普及を行うことで、建設時と生活時のCO2排出削減を目指すものです。2020年時点での当社の年間CO2排出量は、SCOPE1,2合算で年間約37万㌧です。これに対し、保有・管理する森林のCO2吸収量は78万㌧に及び、現時点でカーボンネガティブを既に達成しています。

まとめ

社会問題の解決と経済付加価値創出の両立が投資家に求められる現在、サーキュラーエコノミーの重要性は増しています。サーキュラーエコノミーには様々な切り口があり、その一つが森林資源活用や森林の若返りを促進するウッドサイクルです。急激な森林面積の減少を止めることが世界の課題である一方で、高齢化している森林の再生が日本の課題です。このような課題の解決が経済価値の創出とCO2総排出量の低減の両方につながると言えます。


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