難治性疾患治療において期待されるCDMOの役割


難治性疾患などの急増により短期間での医薬品開発や治療技術の提供が求められているなか、効率的な創薬プラットフォームであるCDMOが脚光を浴び始めている。


Human beingを脅かす二つの社会課題と創薬への需要

20世紀初頭に16億人程度であった人間の塊は、人口ボーナスや技術革新など、いくつかの幸運もあり、高水準の経済成長の下で昨年80億人に達しました。人々の暮らしは安定し、今世紀半ばまでの人口漸増も見込まれています。一方、将来的な人口動態上の課題(高齢化)が同時並行で顕在化し始めています。加速度的に高齢化しつつある日本を筆頭に、世界的な高齢化進展が見込まれる中で、加齢によって低下する身体機能を補いながら、人生の晩年期を如何に健やかに過ごすのか。Human beingの視点からも早急に対処が検討されるべき課題となっています。

看過することのできないもう一つの社会課題は、最近の、特に若年層での難治性疾患の急増です。代表的な疾患である癌の場合、最近の研究によって、多くが遺伝子変異によって引き起こされることが分かってきました。その意味するところは、生まれながらの(先天的な)親や祖先からの遺伝ではなく、存命中の外部環境の影響によって遺伝子(DNA)が傷つき疾患となる、後天的な変異が急増しているということです。

遺伝子変異は現代人の生活環境の激変と深い因果関係があることが立証されつつあり、癌に限らず多くの難治性疾患急増の原因と考えられるようになりました。遺伝子変異の質が悪いのは、変異のバリエーションに個人差があり、もはや従来型の新薬開発では対処しきれず、カスタムメイドの創薬や治療技術なしには対応が困難であるという点にあります。これまでの細胞レベルの治療技術に加えて、よりアップストリームにある遺伝子レベルの治療技術開発への多額の資金投入やベンチャー勃興の背景はここにあり、年々高まるアンメット・メディカル・ニーズに応える医薬品、カスタムメイドの治療技術を、より短期間でシームレスに提供する創薬プラットフォームの構築が求められています。

医薬品市場の構造変化とCDMO

医薬品市場は、これまで人口増加を背景に高成長を実現してきましたが、こうした事情も加わり、今後は研究開発ジャンルの拡大と、一層の市場成長が予測されています。

2022年末現在、1.2兆ドルの規模と推定される世界の医薬品市場は、これまでの低分子医薬品にとって替わり、バイオ創薬の分野がその中心となることが期待されています。現在、私達が日常的に服用している低分子医薬品の多くは、細胞レベルで発生した疾患を対症療法的に抑制するものですが、分子量が小さく、健常な細胞にまで作用してしまうために、常に副作用の問題が付きまといます。また後述するように、その開発には、医薬品メーカーに長い年月とコストというリスクを強いています。たとえリスクを冒してローンチに漕ぎつけたとしても、疾患のバリエーションが多様化する中で効用は限定されてしまうことから、その成長率は限定的で、今後は遺伝子レベルでのアプローチにより疾患に対処していくバイオ医薬品市場が、高い成長率と共に市場の主役となることが見込まれます。患者目線から見れば、多彩な作用機序により、個々が持つ病変に適応が可能な、カスタムメイドの医薬品のシームレスな供給を実現してほしい。その仕組みとして、効率的な創薬プラットフォームであるCDMO(医薬品受託開発・製造)が脚光を浴び始めています。

供給サイドの課題とCDMOへの需要

開発期間9~16年、成功確率24,500分の1、平均開発費500億円以上。これが一つの医薬品ができるまでの道程です。低分子医薬品開発の流れは、まず基礎研究(新薬となる可能性のある新規物質の創製や候補物質の選別)に2~3年をかけ、その後、前臨床試験(動物を使って科学的に候補物質を調べ、安全性などを検討)に3~5年、更に、臨床試験(第1相~3相試験、患者参加による安全性と有効性検証)3~7年を経て、申請・承認に至ります。そして販売を経て初めて収益が計上されます。人口ボーナスの下での適正な経済成長が実現できていた時代は、これでも良かったのですが、経済が成熟化し、かつ人口オーナスに入るという前提の下では、急増する患者数に対して新薬の開発に時間とコストがかかりすぎ、満遍なく適正な価格で消費者へ医薬品が届かなくなってしまうという、深刻な問題が生じることになります。加えて、ヒトの体内異常への変化に対応するにはこれでは間に合いません。コスト面では世界の製薬企業上位20社の売上高研究開発比率は既に20%を超え、他の産業に比較して研究開発負担が圧倒的に重い状況です。製薬企業サイドでは、需要が強く競争力の源泉となる新薬創出へ経営資源を集中し、成功確率を高めるため、開発・製造の機能を外部に委託しようという動きが活発化しています。この流れがCDMOです。CDMO受託企業に選定されるためには、分子科学の分野での深い知見と実績が必要です。参入障壁が高く、プロセス各段階での利益創出と高水準のマージン獲得が可能で、新薬ローンチのターンオーバーの迅速化も期待できることから、将来的に高い市場成長が見込まれています。

CDMOの主な対象はバイオ医薬品で、特に現在は抗体医薬が中心ですが、将来的には、遺伝子治療技術や核酸医薬など、よりアップストリームな分野が大きく有望視されています。

なぜ遺伝子レベルのアプローチが必要なのか

人間の体は、蛋白質によって作られた推計40兆個近くの細胞によって構成されています。さらに細胞の中には細胞核があって、この中に遺伝子であるDNAとRNAが存在しています。DNAはヒトそれぞれが受け継いできた遺伝情報に基づいて新しい細胞を生み出すための設計図の役割を担っており、RNAはDNAの指令を受けて設計図をコピーし、細胞を組成するたんぱく質を作り出す、工場のような役割を果たしています。

DNAは性格や嗜好、どんな臓器細胞を作るか、子孫を残すかなどの情報が入った設計図ですが、外部要因により傷つきやすく脆い性質を持ちます。DNAが傷つくと、誤った情報がRNAにコピーされ、異常のある蛋白質が組成されてしまい、正常な細胞の再生ができなくなってしまいます。この結果、異常細胞が増殖し、癌、脳や血液の病気、様々な難治性疾患を引き起こしてしまいます。従来は、加齢による様々な影響に応じてこうしたリスクが増加していき、人間の寿命というものを規定していました。ところが近年、傷ついた遺伝子の変異による難治性疾患が、若年層の間でも急速に広まっています。最も大きな要因と考えられているのが活性酸素と呼ばれる物質の存在です。酸素は呼吸を通じて体内に取り込まれ、その大半がエネルギーとなりますが、2%程度は活性酸素として組成されます。そしてこの物質は、DNAを傷つけてしまうという、人体にとって極めて攻撃的な一面を持っています。

本来、ヒトの体には「生体調整機能」と呼ばれる、こうしたリスクを排除するための機能が備わっています。例えば、活性酸素の影響による癌細胞だけでも、人間の体内で5000個/日以上も発生していると言われていますが、生体調整機能が持つ①抗酸化作用②遺伝子修復機能③アポトーシス(異常細胞の自死促進作用)④免疫力の4つの機能を通じて、こうした様々な疾患リスクから、日々我々の体を守ってくれています。

ところが近年では、環境変化による活性酸素の体内での急増と、これにより生じる遺伝子変異の増加に対して、生体調整機能だけでは対応ができず、この結果、若年性のがんや希少性疾患、筋ジストロフィーなどの難病が急増しています。不規則な生活習慣やストレス、食品添加物や残留農薬、タバコ、電磁波や紫外線など人々を取り巻く外部環境の急変と、活性酸素の増加との因果関係は大きく、現代の疾患の90%以上が活性酸素の影響によるとの報告もされています。

遺伝子変異の質の悪さは、それが個々人ごとの変異であるため、変異の種類が無限級数的で対応が難しく、たとえ時間をかけて新薬を開発したとしても適応できる患者はごくわずか、という結果になりかねないことです。こうした事態に対処するために、様々な変異レベルに対応できるカスタムメイドのバイオ医療技術を、短期間で大量に創出・供給していかねばなりません。CDMOは、こうした社会課題に対応しうるモデルケースの一つになるものと考えており、関連企業のポートフォリオへの組み入れを行っています。

ポートフォリオのエクスポージャーについて

バイオ医薬品市場は、副作用が少なく、異常細胞に対して選別的に作用する抗体医薬品を中心に、2000年代後半から勃興し成長を遂げてきました。私達は抗体医薬品の世界的リーダーの1社である協和発酵キリンをこの頃より並行して組み入れ、過去10年以上にわたり大きな果実を享受してきました。今後は遺伝子治療技術や、DNAの修復に大きな役割を果たす核酸を活用した核酸医薬の分野が大きく伸長することが想定されます。今後10年更なる果実を享受するため、こうした新しいモダリティで活躍が期待できる富士フイルム、日東電工等のポートフォリオへの組み入れを、現在、積極的に行っています。

CDMO事業で世界的に存在感を高めているのが富士フイルムです。米国メルクから2011年に2社のCDO企業を買収し、CDMO中核会社(フジフィルム・ダイオシンズ・バイオテクノロジー FDB)を設立、更に14年に米CMOのケイロン・バイオセラピューティクスを、19年に米バイオジェンの製造子会社を買収しました。今や米ケンプレックス、韓国サムスン・バイオロジクスと比肩する、世界有数のCDMO企業です。

日東電工は、核酸医薬の創薬及び受託製造を中心にCDMO事業を展開している企業です。核酸医薬の最も重要な機能である「細胞内に遺伝子を運び入れる技術」=DDS(ドラッグ・デリバリー・システム)の技術を排他的に有するユニークな存在です。当社は2008年に、日本の札幌医科大学との共同研究で肝硬変の治療技術を実証、これと並行して2011年に、核酸医薬の受託製造で50%以上のシェアを持っていた Avecia Biotechnologyを買収するなど、核酸医薬に関わる強固なバリューチェーンを確立しています。

mRNAワクチンの衝撃

2022年にCOVIDワクチンとして登場した、ファイザー社製mRNAワクチンは、業界に大きな衝撃をもたらしました。それはこの技術が、元々は癌の先端治療技術として開発されていたものだからです。癌は遺伝子異常によって患者ごとに個別変異し増殖をする、難治性の強い疾患ですが、この技術は、患者ごとの血液を常時解析しながら、遺伝子変異に応じた抗体を組成するという画期的なアプローチです。独バイオベンチャーであるBioNTech社が、提携先であるファイザー社に技術提供を行ったことで、最先端技術のCOVIDへの応用と、開発から僅か11カ月という、驚異的な短期間での供給が可能となりました。これまでの常識を大きく覆すこうした実績は、5~10年後の創薬市場に全く異なる風景をもたらす可能性があります。そしてCDMOというプラットフォームからこのような成功例が数多く生み出され、治療薬を日々待ち望む、多くの難易性疾患の患者さんにとって希望の光となることを、私たちは心より期待しています。


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