本稿は2022年12月13日発行の英語レポート「2023 Asian equity outlook」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

それは最良の時代であり、最悪の時代でもあった…

「どんなものであれ、風の中にいる方がよい」1。これこそが、バイクに乗ることと車を運転することの違いだ。まだ納得がいかないだろうか。作家ロバート・パーシグは著書「禅とオートバイ修理技術(Zen and the Art of Motorcycle Maintenance)」のなかで、「バイクで走っていると、景色にフレームがない。完全にすべてのものを直に感じる。もはや光景を見ているだけでなく、その中にいて、圧倒的な臨場感がある。」と上手く記している。

今年に入ってから株式市場で散々な目に遭ってきたので気分転換が必要になり、パーシグの本を読んでみた。この本は、直感的に対象を把握しようとするロマン的思考(物事が何であるかということ)と理性などによって把握しようとする古典的思考(物事が何を意味するかということ)による見方を論じ、この2つをつなぐアプローチを提案している。この本を読んでいるうちに、投資との類似点に気付き始めた。この本を選んだ主な理由は投資からの気分転換であったというのに、皮肉なことだ。投資家は、著者と同じように「それが何であるか」ということと「それが何を意味するのか」を組み合わせて、「最良」(著者は「優れた」或いはギリシャで卓越性といった意味のaretḗと述べている)の投資機会を特定しようとする。この最終的な目標は、投資プロセスや投資期間、投資戦略にかかわらず、すべての投資家に幅広く当てはまるため、この本には多くの有益な教訓が含まれていると言える。本書には、引用する価値のある多くのフレーズがあるが、ここでは特に投資に関連する幾つかのもの、具体的には、不屈の精神や優れたプロセス2、チームの構築などを紹介する。これらはすべて読んで字の通りだ。

「それは難しいだろうか。正しい判断があれば、そんなことない。難しいのは、正しい判断を持つことだ。」

「科学的方法の本当の目的は、あなたが実際には知らないのになんとなく知っている気にならないようにすることである。」

「世界を改善するための場所は、まず自分自身の心と頭と手であり、そこから外に向かって働きかけることである。」

「...どの教師も、自分に最も似ている生徒を高く評価する傾向がある。」

「我々は常に、自分の中で最も恐れていることを、他人に向かって最も非難している。」

読んだことがないかもしれない本の幾つかの意味深い名言でごまかされていると受け取られないように、早速2023年のアジア株式市場に対する当社の見方をお伝えする。

地政学的な意見の相違は今や非常に大きく、米中間の完全な和解への希望は幻想の世界にあるように見える。その結果、新型コロナウイルスのパンデミックの初期にすでに表面化し始めていた国家的課題が顕著になりつつある。世界がグローバルなエネルギーのサプライチェーンに頼るなかでも、エネルギー安全保障が中心的なものとなっている。気候問題は確かに軽視されるべきではなく、ここでも機能的なグローバル・サプライチェーンが不可欠となる。また、高止まりするインフレに加えて、景気回復の兆しが見られるようになる前に世界が考慮すべき経済的な痛みについて議論が継続している。資産市場は、米FRB(連邦準備制度理事会)自体が推測していること、つまりインフレが十分に鈍化して金利を維持・緩和できる時期はいつなのか、ということに捉われているように見える。

何通りも考えられる起こりうる結果の組み合わせに途方に暮れるのも無理はない。しかし、アジアではそれほど悲惨な状況にはなっていないとみられる。インフレは、実質的には純消費者から純生産者への価値の移転だが、良好な人口動態と生産性の高まりによって、インドとアセアン諸国の一部に好影響をもたらし続ける可能性がある。実際、アジアでは1990年以降、金融や財政要因が重なり、インフレは鈍化してきた。安価で信頼できるエネルギーは、長期的な経済成長にとって極めて重要である。中国の高度経済成長は、ヨーロッパと同じように石炭が大きく後押しし、最近では、米国はシェール革命の追い風を受けてきた。インドと中国は、モラルハザードは別としてもロシアから安価なエネルギーを購入することができ、大半のアジア諸国は、「グリーン化」がますます進んでいる比較的新しいエネルギーインフラを有している。インフラ整備の加速は生産能力を向上させ、財政赤字や先進国市場よりも高いリターンを求める外国資本によって資金が調達されれば、インフレは抑制された状態が続く可能性がある。

1思想家・作家であるラルフ・ウォルドー・エマーソンの言葉

2日興アセットマネジメントアジアの投資プロセスの詳細については「成長を収穫し変化を活かす」を参照


「1984年」のような世界は終了か

中国共産党の第20回全国代表大会では、習国家主席が3期目再任を果たして党内で圧倒的な地位を確立した。同氏の権力掌握は引き続き揺るぎないものとなっており、集団指導体制に対する期待が打ち消され、一部にとって失望的な結果となったかもしれない。

作家ジョージ・オーウェルの独創的なディストピア小説「1984年」は、スターリン主義のロシア、さらに最近では中国を読者に想起させがちだが、オーウェル自身は、この小説は特定の政府に対する攻撃ではなく、社会における全体主義的傾向に対する皮肉であり、現状への満足に対する警告であると説明した。実際に、トランプ的な行動は私たちの記憶に新しい。注目すべき点として、中国で引き続き重視されているのは開発と改革であり、結局のところ、中国共産党の政治的正当性の根拠は経済開発と国民生活の向上にある。前例のない民衆の不満を受けた最近のコロナ規制の緩和が、これを明確に示している。

中国の労働生産性は過去10年間で毎年16%高まっているが、中国の現在の賃金水準は1992年の20倍であり、自動組立ラインの魅力が以前よりも増している。現在、ロボットは中国の人間の労働者と実質的にコストが同等である。そのため、習国家主席は、「質の高い開発」に焦点を当て、特に中国の国益にとって重要な分野で、能力とイノベーション(革新)を強化する必要性を重視している。例として、中国は一定規模以上の製造企業の70%をデジタル化することを目指している。

当社では、これらの戦略が全般的に追い風となる分野、具体的にはエネルギー安全保障、国内自給体制の強化、生活費低減や国内消費改善といった分野を選好している。

分岐か収斂か

習国家主席は「祖国の完全な再統一」を目指す意向もあらためて示し、中国の台湾再統一に対する強い意欲を見せた。そのような可能性を軽視すべきでないことは、ロシアのウクライナ侵攻から得られた教訓と言える。とは言え、当社では当面、中国の台湾進攻を基本シナリオとはしておらず、一方で需要への逆風が台湾の主力輸出分野である消費者向けテクノロジーに悪影響をもたらすことを懸念している。この懸念は韓国にもおよぶ。米国の需要鈍化によってある程度打ち消されるとは言え、中国のコロナ関連規制の緩和は両国に恩恵をもたらすだろう。

テクノロジーが生活のなかでより大きな部分を占めるようになっていることから、半導体テクノロジーやそのサプライチェーンは今後も重要とみられる。台湾と韓国は、この点で引き続き重要である。

当社では、これらの市場において、集積回路設計、ヘルスケア、エネルギーインフラ分野で特有の投資機会を見出している。

「理想の花婿」

作家ヴィクラム・セスの代表作「理想の花婿(A Suitable Boy)」は、時代的変化だけでなく、社会的・文化的変化など、複雑な社会の変化を描いたストーリーで、微妙なテーマや内包されたテーマを扱っている。1400ページにおよぶこの小説は1950年代のインドが舞台となっているが、現代のインドにもよく当てはまる。

世界第5位の経済大国である同国は、1950年代と同様に政治的安定を享受する可能性が高い。最近、中国で習近平国家主席の続投が決まったように、ナレンドラ・モディ首相は第3期目に再任されることが期待されているが、1つの小さな相違点として、インドは世界最大の民主主義国家であるということが挙げられる。これにより、政策の継続性が期待される。米国や中東諸国、ロシアと外交関係を持つ唯一の大国であり、特にアジアにおける中国の影響力に対抗する米国の潜在的な同盟国として、地政学的な拠点を提供している。

インドは、デジタル金融取引において、中国や米国を含むあらゆる国を凌いでいる。わずか6年前まで現金に大きく依存していた同国にとって、これは驚くべきことだ。現在、インドのエネルギーの4分の1近くはグリーンエネルギーであり、再生可能エネルギーの価格は、化石燃料由来のエネルギーに対して競争力がある。そして、アジアで最も裕福な人であるゴータム・アダニ氏とムケシュ・アムバニ氏は、グリーンエネルギーとそれに付随するサプライチェーンの開発に数十億ドルを投じている。最近導入されたPLI(生産連動型インセンティブ)スキームは積極的な広がりを見せており、サプライチェーンを中国以外にもグローバルに分散して再構成しようとする取り組みの一環で、同国に真の投資が集まっている。金融貯蓄率は、2021年度には過去最高の16%であったものの、世界平均を大きく下回っており、良好な人口動態を背景に、依然として大きな潜在力を秘めていることを示唆している。

当社では、同国において銀行や消費関連セクターを有望視している。

途上にある国々?

マレーシアの政治のドラマや、タイで展開されているもう少し退屈なドラマには物足りなさがある。この面で状況が改善すれば、これらの国ではテクノロジーや電気自動車のサプライチェーンの一部で魅力が増す可能性がある。シンガポールの政治的安定は、同国の北にある近隣諸国の動向と比較すると明らかに歓迎すべき違いだが、株式市場の先行きの大部分は、地域の経済発展にかかっている。

こうしたなか、当社ではインドネシアに注目しており、程度は劣るものの、フィリピンも有望視している。

注目すべきは、製造業はそれだけでは成り立たないということだ。つまり、製造業とつながりを持つサプライチェーン全体が存在するということである。サプライチェーン全体を再構築することは、単に新しい拠点で製造能力を構築するということではないため、時間がかかる。しかし、一旦完成すれば、経済への影響は当初見込まれていたよりもはるかに大きい。インドネシアは、ニッケルの埋蔵量が多いため、世界の輸送電化にとって極めて重要である。より長い視点でみると、インドネシアは過去10年間でニッケルの輸出量が19倍に急増し、国内でのバッテリー製造を引き付けてきた。これらのプロジェクトは250億米ドル超の投資をもたらしている。インドネシアで正式に雇用されている労働力はわずか20%であり、大規模な労働力が正式に雇用されれば、外資が同国で機会を求めている場合であっても、経済的生産性が向上するだろう。

フィリピンは、英語を話す若年層の規模が大きく、デジタル手段を通じた金融サービスへのアクセスが着実に高まっている。地域で開発された「グリーン」エネルギーの活用を着実に高めていくことで、エネルギー輸入への依存度は現在のGDP比2~3%から低下する可能性が高い。

以上から、当社がアセアン諸国で特に選好しているのは、再生可能エネルギー事業や電気自動車向け素材、そして関連するサプライチェーンである。

最後に...

最近、作家でポートフォリオマネージャーのウェスリー・グレイ博士が2016年に書いた「神でさえもアクティブ運用の投資家として解雇されるだろう」という記事を読んだ。そのなかでグレイ氏は、中期的な投資期間(5年が妥当だろう)で完全な見通しを前提としたとしても、ポートフォリオは保有期間中に大幅なドローダウンに見舞われただろうと示した。こうしたときに、いつも投資家は運用機関から資金を引き揚げたいと考え、また運用担当者はさらなる打撃から自身を守るために売却する傾向がある。これは、完璧な見通しによって得られると確信しているリターンを実際に実現するためには、精神的な規律と投資テーマへの確信が必要であることを示している(下線は私が引いたもの)。この点について、パーシグは優れた知見を提供している。

「心の平穏がすべてだ。究極の試練は、常に自分自身の心の平穏である。もし、仕事を始めるときに心の平穏がなければ、そして仕事中にこれを維持することができなければ、自分の個人的な問題を機械そのものに組み込んでしまうようなことになる。多くの選択肢の中から選ぶということ、つまりその仕事には、機械の素材と同様に、自分自身の心や精神が反映されるということだ。だから、心の平穏が必要なのである」。

年の瀬のご挨拶として、2023年が素晴らしい年になるよう、そして投資が成功するよう、幸運をお祈りする。


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