本稿は、2023年5月25日発行の英語レポート「Future Quality Insights」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

イアン・フルトン


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この27年間、筆者は毎日スコットランドのファイフとエジンバラのあいだを、地域の象徴となっているフォース橋を渡る小さな通勤電車で行き来している。この日課には馴染んだ心地よさがあり、これからの1日についてじっくり考えたり、帰路では慌ただしい資本市場への対応にまたもや追われた1日からの解放感に浸ったりすることができる。このレポート・シリーズをご精読下さっている方々(もっと外出された方がいいかもしれないが)は、2015年にもまさにこの通勤の旅の話をしたことを思い出されるかもしれない。当時は、通勤客のメディア消費の仕方が変化していることに気づき、かつてFacebookという社名で知られていた企業に投資するきっかけとなった。

コロナ後の世界の現在、筆者が電車に乗るのは週3日のみである。また、ベンジーという名の小型犬(写真)を連れて通勤しており、オフィスのマスコット的存在となっている。今や生活は変わった。株式市場や経済も異なる様相を呈している。地政学的状況が大きく悪化し貿易障壁は拡大、地球温暖化の脅威はかつてないほど高まっている。本稿では、このような変化に対する一定の見解を披露するとともに、市場の現状や今後起こり得る展開への見方を提供したいと考える。

私が乗る電車は相変わらず、携帯電話でメッセージを送ったりショッピングをしたりメディア消費をする人でいっぱいだが、4本足の同乗者がきっかけで始まる他の乗客との会話は、間違いなく歓迎すべき変化である。最近では、給料や条件がより良いという理由で鉄道会社に転職した元看護師に出会った。

これは懸念すべき材料と言える。先進国では、今後10年間でやらなければならないことが数多くある。より効率的で二酸化炭素排出量の少ない電力、交通、産業、不動産のインフラを開発しなければならない。また、人口の高齢化が進むなか、より良い医療を提供する責任もある。労働市場のボトルネックはこれら分野の進歩を遅らせる可能性があり、当該分野の熟練した労働者が他の分野に転職するために辞めざるを得ないというのは憂慮すべき話だ。政治家が短期的な政治的便宜ではなく国民の長期的利益を考えて行動することで、移民政策がよりリベラル化することを願うしかないが、残念ながら、過去が何らかの形で将来を示唆しているのだとすれば、そのようなシナリオは確実性に欠けるように思われる。

市場に話を戻すと、アクティブ運用者でありスコットランドで最下位のサッカー・チームの熱心なファンでもある筆者は、「期待するから辛い思いをする」という言葉が身に染みている。現在、この言葉が今日の市場に当てはまるのではないかという気がしてしかたがない。1年前の当レポート(「歴史は似たようなことを繰り返す」)で、当チームは株式市場の一部がバブルの様相を呈していることを指摘した。その後、金利の上昇と流動性のタイト化を受けてそれまでの好循環が悪循環に転じるにつれ、ビットコインやアーリーステージのテクノロジー企業など最も投機的でリスクの高い資産は著しく下落した。2022年には、Tesla、Alphabet、Amazon、Metaの株価が軒並み39~65%下落するなど、高騰していた市場の牽引役銘柄が大きく落ち込んだ。暗号資産の低迷とそれに伴う仲介業者の破綻もよく知られており、ビットコインは同年に65%下落した。このような展開を正しく認識しバリュエーションが最も過大評価されていた分野を避けることによって、当チームは2022年の混乱を比較的うまく乗り切ることができた(とは言っても、成長・クオリティ企業ポートフォリオの運用者としては依然困難な1年だったが)。

2023年第1四半期に話を進めると、この四半期だけで見れば、2022年が果たして現実だったのかと思っても無理はない展開となった。金融システムのストレスの波及により、SVB Financialは破綻し、Credit SuisseはUBSとの合併による救済を受けざるを得なくなった。米国の地方銀行セクターは困難な状況が続いており、今後、商業用不動産セクターにも大きな影響を与えそうである。一方、ディフェンシブなクオリティ企業の保有を望む傾向にインフレおよび金利のピークが近いとの認識が加わって、2022年に最も下落した銘柄群に買いが殺到し、この3ヵ月間にはTesla、Alphabet、Amazon、Metaの株価が17~76%上昇した。市場の上昇の85%超を7つの銘柄が占めた(そのうち当チームのポートフォリオで保有していたのはMicrosoftのみ)同四半期は、当チームの戦略にとって非常に厳しい期間となった。当チームでは、これらの企業の多くについて、売上の伸びと将来の想定利益率が過度に高いように見受けられ、収益やキャッシュフローが下振れすれば市場の牽引役であり続けることが難しくなる可能性があることを引き続き懸念している。そうなるかは時間が経ってみないとわからないが、ブレグジット(英国のEU離脱)とドナルド・トランプ氏の米国大統領当選以来、当チームの戦略がこれほど外れた四半期はなかったという事実に変わりはない。

ということで、現在はどうしているかというと、当チームは以下のような難しい疑問に取り組んでいる。

  • FANNMAG(Meta、Apple、Netflix、Microsoft、AmazonおよびAlphabet)といった略語で人々がまとめたがる銘柄群やAI(人工知能)に寄せられる期待が過熱しているのではと考えるのは間違いだろうか。
  • 市場は、1990年代後半のLTCM危機(ロシア国債の債務不履行を受けた米国のヘッジファンドの破綻に端を発した金融不安)やアジア通貨危機の時、つまりこれらの危機への政策対応がY2K(2000年)問題の影響と相まって1999年~2000年のインターネット株バブルを引き起こしたのと同じ状況にあるだろうか。これから起ころうとしているさらに大きな投機の入り口にいるに過ぎない可能性はあるのだろうか。
  • それとも、我々は投機的資産の心理的バブル崩壊の余波に見舞われているのだろうか。そのような局面では通常、下落基調が再開する前に80~100%の短期的な大幅上昇が起こる。インターネット株バブル崩壊後の2002年がその例で、過去40年間、日本株からコモディティ、新興国資産に至るまで様々な下落相場で見られた現象である。このシナリオでいくと、我々はほぼ間違いなくリセッション(景気後退)に直面しており、企業の利益とキャッシュフローは一段と減少する可能性がある。
  • もしこれが2002年と同じ状況で、テクノロジー・バブルが崩壊したのだとしたら、その後のサイクルではどういった銘柄が市場の牽引役となるのだろうか。我々が直面している主要な社会・環境面の問題の解決に貢献するエネルギー転換関連企業だろうか。増加する急病の高齢者をより少ないリソースで介護するという難題に対して革新的な解決策を生み出さなければならないヘルスケア・セクターだろうか。10年以上にわたって荒れた状況が続いた新興国資産が再び選好される可能性はあるのだろうか。

当チームでは、これらの重要な疑問(その多くは見極めきれないが)を研究する一方で、サイクルを通じてROC(資本収益率)を向上できるとみられる企業の選別に引き続き注力している。消費者向けビジネスでは、コロナ禍からの回復が続いているサービス・セクターを選好する。旅行関連企業や自動車部品販売企業、外食企業はいずれも、需要見通しが堅調でROCの向上が見込まれ、当チームではこういった特徴を選好している。金融セクターも同様で、銀行へのエクスポージャーがないことがパフォーマンスに貢献してきたが、保険会社の組み入れを継続するとともに、銀行についてはインドのHDFCやインドネシアのBank Mandiriなど新興国の銀行を中心に組み入れを増やしつつある。

遅れて表れたコロナ禍の影響とスタートアップ企業に対する金融環境のタイト化を受けて、当チームのポートフォリオで保有しているヘルスケア銘柄の一部はボラティリティが高まった。しかし、そういった要因が正常化し始めるのに伴い、当該企業については長期的見通しへの確信を強めており、またバリュエーションの魅力度も増している。同様に、資本財・サービス・セクターでは、ポートフォリオに組み入れている景気敏感銘柄の一部についてタイミングが少し早いと感じるものの、先を見越して次のサイクルにつながり得るポジションをとる必要があると考えており、依然としてエネルギー転換という重要な課題の解決が今後大きな機会をもたらすとみている。また、サプライチェーンの再オンショア化という長期トレンドも追い風となっている。

テクノロジーは引き続き難題である。インターネット広告の突然の増加が最近の株価動向を正当化すると考えるのは、少し甘いように思われる。NetflixとTeslaの第1四半期決算は、同四半期に高騰した銘柄の一部について上昇が過度であったことを示唆している。しかし、AIは、今後発見される活用法によっては、非常に大規模で爆発的な製品サイクルをもたらす可能性がある。当チームではこの分野のリサーチをさらに進める予定だが、その間、ChatGPTプラットフォームを使ってインターネット検索での市場シェアを拡大する可能性があるMicrosoftのポジションを積み増した。

本稿を書くのにAIを使ったわけではないことはおわかりいただけると思うが、AIを使うべきだったのかもしれない。それでも、筆者はこれからもベンジーと一緒に電車に乗って職場に向かい、時の試練に耐え得ると考える企業を探し続ける所存である。また、その過程で交わすであろう会話も楽しみにしている。そのような会話には独特の人間らしさがあり、AIや自動運転タクシーに提供できるとは思われない、本質的な心地良さと安らぎをもたらしてくれる。あとは、筆者の乗る電車の運転手がもっと時間通りに出勤してくれればいいのだが...。


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