本稿は2024年4月17日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
アジア現地通貨建て国債は見通し良好、ファンダメンタルズが引き続きアジアのクレジットを下支え
サマリー
- 月初には主要中央銀行の声明などを受けて米国債利回りが大幅に低下した。発表された米国のインフレ指標が底堅さを示したことを受けて、ドットチャート(政策金利見通し)が上方修正されるかもしれないとの懸念が広がるなか、債券利回りは反転上昇した。その後公表された米FRB(連邦準備制度理事会)高官による最新の予測では、引き続き2024年内に3回の利下げを見込んでいることが示された。月末の利回り水準は2年物の指標銘柄で前月末比0.001%上昇の4.62%、10年物の指標銘柄で同0.05%低下の4.20%となった。
- アジア現地通貨建て国債については、インド、インドネシア、フィリピンを中心にポジティブな見通しを維持している。これら3ヵ国では、ディスインフレ傾向を受けて中央銀行には年後半に利下げ路線に転じる余地がもたらされるとみている。このように金融緩和が緩やかながらも着実に進む環境に加えて、堅調な経済成長が当該3ヵ国の債券の追い風になると予想する。
- 3月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.09%縮小するなか、月間トータルリターンが1.06%となった。格付け別で見ると、投資適格債はスプレッドが0.046%縮小して月間市場リターンが0.94%となったが、ハイイールド債を小幅にアンダーパフォームした。ハイイールド債は0.55%のスプレッド縮小を受けて月間市場リターンが1.81%となった。
- 需給面では、発行体がコストの割安な国内市場での資金調達を続けており、ハードカレンシー建て債券の純発行額が低水準にあることが、引き続きアジアのクレジット市場の大きな下支え要因になるとみている。ハードカレンシー建て新興国債券ファンドへの資金流入は依然として低調であるものの、魅力的な利回りを確保したい域内の機関投資家からの需要は引き続き旺盛だ。一部のネガティブなリスク要因が顕在化した場合は、投資適格債を中心にアジアの信用スプレッドにある程度の拡大圧力がかかる可能性がある。
アジア諸国の金利と通貨
市場環境
FRBは年内3回の利下げ見通しを維持
月初には主要中央銀行の声明などを受けて米国債利回りが大幅に低下した。主要中央銀行は金融緩和策について慎重なアプローチを取っているものの、年内に金融緩和が実施される見通しであることを明確に示した。また、米国雇用統計の結果を受けて、債券利回りは一段と低下した。米国の雇用統計の内容は市場予想を概して上回ったものの、投資家のあいだでは賃金の伸びが鈍化し、失業率が上昇していることは米国の労働市場が軟化している可能性を示していると解釈された。
発表された米国のインフレ指標が底堅さを示したことを受けて、米FOMC(連邦公開市場委員会)会合においてドットチャートが上方修正されるかもしれないとの懸念が広がるなか、月初から低下してきた米国債利回りは反転上昇した。その後、FRBが比較的ハト派的なスンタンスを維持したことを受けて、米国債利回りは小幅に低下した。経済成長やインフレに関する見通しは改善を示したものの、最新のドットチャートは政策当局者が依然として年内3回の利下げを見込んでいることを示した。
3月は日銀がマイナス金利政策を解除して17年ぶりの利上げを実施したことに注目が集まった。また、金利を管理するために日本国債を購入する長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)政策も撤廃された。その発表当初に円相場は一時的に反応したものの、市場では概して日銀の決定は材料視されなかった。その後、米国債利回りは月末まで比較的狭いレンジ内で推移した。月末の利回り水準は2年物の指標銘柄で前月末比0.001%上昇の4.62%、10年物の指標銘柄で同0.05%低下の4.20%となった。
マレーシアとインドネシアの中央銀行は政策金利を据え置き
マレーシアの中央銀行は、政策金利を3.0%に据え置き、現在の金融政策スタンスが引き続き景気の下支えに寄与していると述べた。また、同国の堅調な経済のファンダメンタルズおよび成長見通しを考えると、マレーシアリンギットは過小評価されているとの見方も示した。加えて、政府との政策協調が「資金流入の拡大に寄与しており、それが下支えとなってリンギットはより堅調に推移している」と強調した。インドネシアの中央銀行は3月の政策会合において、ルピアの安定とインフレの抑制を重視して金融政策の現状維持を決定した。一方で、年後半に利下げの可能性があることも示唆した。そうしたなか、同中銀は借入れコストの高止まりによって与信や経済成長が抑制されないように、銀行に対する資金供給奨励策を拡大する計画だ。
2月の総合インフレ率は加速
2月はアジア諸国全般の総合インフレ率が加速した。シンガポールの消費者物価指数(CPI)上昇率は前年同月比3.4%となり、1月の同2.9%および市場予想の同3.2%を上回った。政策当局は、インフレ加速の要因として住居費の上昇加速やコア指数の上昇を挙げた。また、中国の旧正月に関連する季節的要因などによるサービス価格や食品価格の上昇加速が、コアインフレ率上昇の要因となった。
マレーシアでは、家庭用水道料金の引き上げが一因となって総合インフレ率が前年同月比1.8%と若干加速する一方、コアインフレ率は前月比横ばいの1.8%となった。インドネシアの総合インフレ率は、食品価格や輸送費の上昇加速を受けて前年同月比2.75%となり、1月の同2.57%から若干加速する一方、コアインフレ率は前年同月比1.68%と伸び率が横ばいとなった。
フィリピンの総合CPI上昇率は、食品・非アルコール飲料の価格上昇や輸送費の上昇加速を受けて市場予想を上回る前年同月比3.4%となり、前月の同2.8%から加速したが、コアインフレ率は前年同月比3.6%となり、前月の同3.8%から鈍化した。
タイの総合CPI上昇率は前年同月比0.77%へと失速し、これで5ヵ月連続の低下となった。コアインフレ率(食品・エネルギー価格を除く)は前年同月比0.43%と、前月の同0.52%から鈍化した。
中国は2024年の成長率目標を「5%前後」と発表
3月上旬に開催された毎年恒例の全国人民代表大会(全人代)において、中国の李強首相は自身初となる政府活動報告を行った。同報告によると、2024年の経済成長目標は「5%前後」とされ、政府の財政赤字目標は対GDP比3%に維持された。昨年の推定財政赤字(オフバランスシート項目を含む)は対GDP比約7%となり、予想を下回った。しかし、今年の予算が完全に執行される場合には赤字が同8.2%へ拡大することになる。注目すべき点として、長期的な成長や景気刺激に向け、今後数年にわたって「超長期(30~50年)」のソブリン債を発行する計画が発表された。2024年の物価(CPI)上昇率目標は、前年と同様に「3%前後」に維持された。また、金融政策は「柔軟で適度にして的確」なものにするとしており、緩和的な姿勢が続くと予想されている。
今後の見通し
引き続きインドやインドネシア、フィリピンの債券に対してポジティブな見方
アジア現地通貨建て国債についてはポジティブな見通しを維持している。インフレ圧力の緩和を受けてFRBを含む主要中央銀行が利下げ路線に転じるのに伴い、先進国の債券市場で利回りの低下が見込まれるとともに、海外からの資金流入の増加が予想されることから、アジア債券に対する需要は拡大するとみられる。
当社では、インド、インドネシア、フィリピンでディスインフレ傾向が続くと予想しており、これによって、この3ヵ国の中央銀行には年後半に利下げ路線に転じる余地がもたらされるとみている。緩やかながらも着実に金融緩和に向かうことのできる環境と堅調な経済成長が相まって、当該3ヵ国の現地通貨建て債券の追い風になるだろう。加えて、これらの国々では債券の実質利回りが域内の他の国々に比べて魅力的であることも、需要のさらなる下支え要因になるとみられる。
アジアのクレジット市場
市場環境
3月はアジアの信用スプレッドが一段と縮小
3月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.09%縮小するなか、月間トータルリターンが1.06%となった。格付け別で見ると、投資適格債はスプレッドが0.046%縮小して月間市場リターンが0.94%となったが、ハイイールド債を小幅にアンダーパフォームした。ハイイールド債は0.55%のスプレッド縮小を受けて月間市場リターンが1.81%となった。
アジアの信用スプレッドは3月上旬にかけて拡大した。大手デベロッパーをめぐる懸念を受けて中国不動産セクターのスプレッドが軟調に推移したことなどが逆風となった。しかし、月の後半には銀行が当該デベロッパーの支援に動く兆しが強まったことを受けて、スプレッドは回復に転じた。強まる中国経済への逆風に対処するための大規模な措置が全人代で打ち出されなかったものの、中国のクレジットものに悪影響を及ぼさなかったことは注目に値する。一方、香港のクレジットものは、不動産価格抑制策の全廃を受けた不動産販売好調が追い風となって上昇した。
フィリピンにおいても、同国を代表するコングロマリットによる大型出資の報告および永久債の繰上償還の発表が好感され、ハイイールド債が上昇した。インドのクレジットものは、米検察当局が同国のAdani Groupを贈収賄容疑で捜査しているとの報道を受けてセンチメントが悪化し、アンダーパフォームした。アジアのクレジット市場全体としては、新規発行が比較的少ない状況が続くなかで資金流入が増加するなど、良好な需給環境が追い風となって底堅く推移した。3月末時点において、インド、韓国、タイを除くすべての主要国のスプレッドが縮小した。
3月は起債活動が加速
3月の発行市場は、起債活動がやや加速した。投資適格債分野では、Korea National Oil Corp(3トランシェで総額14億米ドル)やAIA Group(総額10億米ドル)を含め、計11件(総額55億米ドル)の新規発行があった。また、ハイイールド債分野の新規発行は計4件(総額14億米ドル)となった。
今後の見通し
アジアの信用ファンダメンタルズや需給は良好も、割高なバリュエーションを受けて慎重な姿勢が必要
アジアのクレジット市場は、ファンダメンタルズが引き続き下支え要因になっている。中国では、政策当局が状況の厳しさを認識していることを、前述の全人代での発表内容が示唆している。足もとでは購買担当者景気指数(PMI)が回復してきているものの、不動産セクターが景気下押し要因となり続けていることから、依然として同国が打ち出した経済成長率目標の達成は容易でないように見受けられる。
一方、中国以外のアジア諸国では、輸出の伸びの回復が国内状況の低迷を相殺する可能性があることから、マクロ経済や企業信用のファンダメンタルズは底堅さを維持するとみられる。企業収益の伸びが鈍化し資金調達コストが徐々に上昇していることを受けて、非金融企業は負債比率やインタレスト・カバレッジ・レシオがともにやや悪化する可能性がある。しかし、投資適格企業を中心に大半の企業については、格付けを維持するための十分な余裕があるだろう。アジアの銀行システムは強固さを維持しており、安定した預金基盤や強靭な資本比率、および引当金計上前の収益性の好調さが、今後の信用コストの緩やかな上昇に対してバッファーとしての役割を果たすと考えられる。
需給面では、発行体がコストの割安な国内市場での資金調達を続けており、ハードカレンシー建て債券の純発行額が低水準にあることが、引き続きアジアのクレジット市場の大きな下支え要因になるとみている。ハードカレンシー建て新興国債券ファンドへの資金流入は依然として低調であるものの、魅力的な利回りを確保したい域内の機関投資家からの需要は引き続き旺盛だ。ただし、過去数ヵ月に大きく上昇した市場はこれらの好材料を概ね織り込んだ状態にある。予想を上回る世界経済の悪化や域内諸国の政治面での不透明感、地政学的緊張など、一部のネガティブなリスク要因が顕在化した場合は、投資適格債を中心にアジアの信用スプレッドにある程度の拡大圧力がかかる可能性がある。
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