本稿は2024年6月19日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
デュレーション全体に対してややポジティブ、新規発行がネットベースで低調となっていることが引き続きアジア・クレジットの下支えに
サマリー
- 5月の米国債市場はボラティリティがやや高まった。月末の利回り水準は、2年物の指標銘柄で前月末比0.162%低下の4.87%、10年物の指標銘柄で同0.181%低下の4.50%となった。アジア域内では、インフレ動向がまちまちとなった。また、マレーシア、インドネシア、韓国、フィリピンの各中央銀行は政策金利の据え置きを決定した。
- 当社では、デュレーション全体についてややポジティブな見方にシフトし、インドやインドネシア、フィリピンなどの利回り水準の高い市場を有望視している。デュレーションについては、米国の経済指標の低迷や金利のボラティリティ低下など、足元の市場のダイナミクスが変化してからより良好な見方をするのが賢明だと考えている。
- 5月のアジア・クレジット市場は、信用スプレッドが約0.09%縮小するとともに米国債利回りが低下するなか、月間リターンが1.33%となった。格付け別では、投資適格債はスプレッドが約0.003%拡大するなか月間市場リターンが1.08%となり、ハイイールド債をアンダーパフォームした。ハイイールド債はスプレッドが約0.77%縮小して月間市場リターンが2.75%となった。
- 需給面では、発行体はコストが割安な国内市場で資金調達を続けており、新規債券発行額がネットベースで低調となっていることは、アジアのクレジット市場の大きな下支え要因になるとみている。ハードカレンシー建て新興国債券ファンドへの資金流入は依然として低調であるものの、魅力的な利回りを確保したい域内の機関投資家からの需要は引き続き旺盛となっている。ただし、一部のネガティブなリスク要因が顕在化した場合は、投資適格債を中心にアジアの信用スプレッドにある程度の拡大圧力がかかる可能性がある。
アジア諸国の金利と通貨
市場環境
5月の米国債市場は利回りが低下
5月の米国債市場はボラティリティがやや高まった。月初に、米FOMC(連邦公開市場委員会)会合でハト派的な姿勢が示されたことや、米国の雇用統計が市場予想を下回ったことを受けて、米国債市場は上昇した。米FRB(連邦準備制度理事会)は、市場予想通り政策金利を据え置いた。パウエルFRB議長は、第1四半期にディスインフレの進展が足踏みしたことを認めたものの、インフレは年後半にさらに鈍化するとの見方を示した。また、利上げの「可能性は低い」として、インフレの減速または労働市場の鈍化のいずれかが利下げを促す要因になるだろうと示唆した。
4月の雇用統計は、非農業部門雇用者数が市場予想の前月比24万人増を下回る同17.5万人増となったほか、失業率が市場予想を上回る3.9%へと上昇するなど、債券市場に対するポジティブなセンチメントを強める結果となった。その後、インフレ率が鈍化するとともに他の経済指標が景気減速の兆しを示したことを受けて、債券利回りは一段と低下した。しかし、利下げをめぐる当初の楽観ムードが後退すると、こうした傾向は反転した。
別の機会に複数のFRB高官から長期にわたって高金利を維持することについて発言があったことに加えて、経済指標が底堅く推移していることや、FOMC議事録がパウエルFRB議長の記者会見の内容よりもタカ派的と受け止められると、センチメントは変化した。FOMC議事録によると、「多数」の参加者が現在の政策の引き締め効果に対して疑問を示し、「様々」な参加者が「万が一、インフレリスクが顕在化して利上げが適切となる場合」には政策金利をさらに引き上げるとの意向を示した。こうした要因を受けて、市場では利下げ開始時期が年末へ先延ばしされるとの見方が優勢となった。月末の利回り水準は、2年物の指標銘柄で前月末比0.162%低下の4.87%、10年物の指標銘柄で同0.181%低下の4.50%となった。
中央銀行は政策金利を据え置き
当月は、マレーシア、インドネシア、韓国、フィリピンの各金融当局が政策金利の据え置きを決定した。マレーシア中央銀行は政策金利を3.0%に維持し、現在の金融政策が景気の下支えに引き続き寄与すると主張した。同中銀は、世界的なテクノロジーのアップサイクルを受けて輸出が回復するとみており、経済見通しに対して楽観的な見方をしている。また、同中銀は雇用拡大や賃金上昇が続いて家計支出が下支えされるほか、観光客数がさらに増加すると予想している。
同様に、4月に市場の予想外の利上げに踏み切ったインドネシアの中央銀行は、当月に政策金利を6.25%に据え置いた。同中銀のペリー・ワルジヨ総裁は、今回の決定についてルピア相場の安定化や、インフレ率を中央銀行の目標レンジ内に維持することを目的とした「先を見越して先手を打つ措置」であると述べた。また、同中銀は2024年の経済成長予想を4.7~5.5%に据え置いた。
フィリピンの中央銀行は政策金利を6.50%に維持した。同中銀は、2024年のリスク調整後インフレ率予想を従来の4.0%から3.8%へと下方修正する一方、2025年については従来の3.5%から3.7%へと上方修正した。同中銀のレモロナ総裁は、金融緩和サイクルを早ければ今年8月または第4四半期に開始する可能性があると述べた。
その他、韓国の中央銀行は政策金利を3.50%に据え置いた。同中銀は、2024年のGDP成長率予想を従来の2.1%から2.5%へと上方修正し、2024年の総合インフレ率予想については従来予想通りの平均2.6%に維持した。
4月のインフレ動向はまちまち
4月の総合インフレ率は、中国、タイ、フィリピンで加速し、マレーシアとシンガポールでは伸び率がほぼ横ばいとなった。一方、インドネシア、インド、韓国ではインフレ率が小幅に減速した。
フィリピンの4月のインフレ率は、主に食品価格や輸送費の上昇加速を受けて前年同月比3.8%と前月の同3.7%を上回り、3ヵ月連続で加速した。
また、タイの4月の総合インフレ率は前年同月比0.19%と、前月の同-0.47%から同様に加速した。これは7ヵ月ぶりの加速となったが、依然として総合CPIは中央銀行の目標レンジである1~3%を下回っている。
マレーシアの総合CPI上昇率は前年同月比1.8%と、3ヵ月連続で伸びが横ばいとなった。
シンガポールの4月のインフレ率は総合・コア指数ともに3月から伸びが横ばいとなり、インフレ率は落ち着いた推移が続いた。民間輸送費が上昇したものの、住居費の上昇鈍化によって打ち消された。
他では、4月はインドネシアのインフレ率が小幅に減速した。総合CPI上昇率は前年同月比3.0%となり、前月の同3.05%から鈍化するとともに市場予想の同3.1%を下回った。この鈍化の一因は、収穫シーズンの開始時に米在庫が改善されたことで、食品価格の上昇が緩和した。対照的に、同月のコアインフレ率は前年同月比1.82%となり、前月の同1.77%から小幅に加速した。
2024年第1四半期の経済成長は良好
タイの2024年第1四半期のGDP成長率は前年同期比1.5%となり、前四半期の同1.7%を小幅に下回ったが、中央銀行の予想である同1.0%を上回った。タイの経済成長を支えたのは個人消費や観光業で、公共部門の支出や財輸出の低迷を打ち消した。
マレーシアのGDP成長率は前年同期比4.2%と、速報値の同3.9%から加速した。
インドネシアの経済成長率は、家計消費や投資、政府支出が追い風となり、前年同期比5.11%と前四半期の同5.04%からやや加速した。
一方、シンガポールの第1四半期のGDP成長率(確報値)は、速報値と変わらず前年同期比2.7%となり、市場予想の同2.5%を上回った。シンガポール通商産業省は2024年のGDP成長率予想のレンジを1~3%に据え置く一方で、引き続き下方リスクについて指摘し、その要因として地政学的緊張の高まり、世界的にタイトな金融環境の長期化、資本フローや為替相場の変動性の高まりなどを挙げた。
中国は超長期債を発行、政府は不動産セクターを支えるための大幅な支援策を発表
中国は、不動産市場の安定化を目指して、これまでで非常に大幅な措置を実施した。この措置には、市場の供給と需要の両面への対策が含まれている。一部の都市は、非居住者の購買規制の緩和や住宅ローン金利の下限の撤廃、住宅購入者の頭金比率の引き下げなどの措置を発表した。
中央政府は、地方政府に対してデベロッパーから売れ残りの住宅を買い取り、低価格住宅として提供することを検討するよう指示し、一部の地方政府はそうした住宅の買い取りを始めた。しかし市場では、そうした取り組みを後押しするために中国人民銀行が導入した再融資枠の規模が3,000億人民元であったことに対して、失望的な見方が広がった。
その他、政府は計画していた1兆人民元相当の超長期国債(期間20年と30年)の最初の2トランシェを発行し、これらは市場から好感された。
今後の見通し
インドやインドネシア、フィリピンの債券に対してポジティブな見方
当社では、デュレーション全体についてややポジティブな見方にシフトし、高水準な利回りが米国債市場の当面のボラティリティに対するバッファーとなり得るとの見方から、インドやインドネシア、フィリピンなど利回り水準の高い市場を有望視している。デュレーションについては、米国の経済指標の低迷や金利のボラティリティ低下など、足元の市場のダイナミクスが変化してからより良好な見方をするのが賢明だと考えている。
アジアのクレジット市場
市場環境
5月のアジア・クレジット市場は上昇
5月のアジア・クレジット市場は、信用スプレッドが約0.09%縮小するとともに米国債利回りが低下するなか、月間リターンが1.33%となった。中国の不動産セクターのクレジットものが大幅に上昇したことを受けて、ハイイールド債が投資適格債をアウトパフォームした。格付け別では、投資適格債はスプレッドが約0.003%拡大するなか月間市場リターンが1.08%となり、ハイイールド債はスプレッドが約0.77%縮小して月間市場リターンが2.75%となった。
アジアの信用スプレッドは、主に中国のクレジットものが上昇したことなどにより縮小傾向が維持された。経済指標では、中国経済が第1四半期からのモメンタムの維持に苦慮していることが示唆されているものの、市場は財政支出の加速や不動産市場を安定化させるための大幅な措置を通じて経済を刺激する政策当局の取り組みや決定にポジティブに反応した。
中国政府は、住宅在庫の解消を公約した最近の声明に続いて、上述した通り2021年に不動産セクターが混乱に陥り始めて以来最も大幅な措置を実施した。歴史的な動きとして、中国国務院は地方政政府に対して、完成して売れ残っている不動産を買い取り、需要や適正価格に基づいて低価格住宅として提供することを求め、中国人民銀行は同措置を支援するために3,000億人民元の再融資ファシリティを同時に発表した。
また、同中銀は住宅ローン金利の下限を撤廃することも発表し、1軒目および2軒目の住宅購入者について頭金比率の下限をさらに引き下げた。その他、米国は、電気自動車やバッテリー、鉄鋼、重要鉱物などの戦略セクターを対象に中国からの輸入品に新たな関税を課したが、このニュースは市場で殆ど材料視されなかった。
アジアの他の国については、格付け機関S&Pグローバル・レーティングがインドのソブリン格付けを「BBB-」に維持しつつも、見通しを「安定的」から「ポジティブ」へと引き上げた。同格付け機関によると、インドの「健全な経済のファンダメンタルズ」が今後2~3年の成長モメンタムを下支えするとみられる。一方、インドでは6週間にわたる選挙プロセスが6月1日に終了し、ナレンドラ・モディ首相率いるインド人民党(BJP)中心の与党連合が政権を維持した。
5月末時点において、マレーシア、韓国、台湾、タイを除くすべての主要国のスプレッドが縮小した。注目すべき点として、JPモルガンアジア・クレジット・インデックスにおけるマカオのゲーム会社の時価総額の比率は、Las Vegas Sandsが同インデックスに採用されたことを受けて、前月末の2.2%から同2.4%へと拡大した。
5月の発行市場は起債活動が加速
5月の発行市場では、起債活動が加速した。投資適格債分野では、Standard Chartered PLCのディール(3トランシェで総額30億米ドル)やフィリピンのソブリン債のディール(2トランシェで総額20億米ドル)を含め、計19件(総額120億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド債分野の新規発行は計3件(総額12.5億米ドル)にとどまった。
今後の見通し
アジアの信用ファンダメンタルズや需給は良好も、割高なバリュエーションを受けて慎重な姿勢が必要
アジアのクレジット市場は、ファンダメンタルズが引き続き下支え要因になっている。3月には、中国の全国人民代表大会(全人代)において2024年の経済成長率目標を「5%程度」に設定することが発表されたほか、多額の財政赤字と、緩和的な金融政策の継続が示された。これは、政策当局が厳しい環境を認識していることを示唆している。中国が最近発表した不動産セクターの対策では、売れ残りの不動産を地方政府に買い取らせて低価格住宅に転換することを求めているが、これは政策スタンスの変化を示しており、適切な規模で実施されれば、苦境にある不動産セクターの安定化に寄与する可能性がある。但し、注視すべき重要な要素は実行力にあるとみられる。
一方、中国以外のアジア諸国では、輸出の伸びの回復が国内状況の低迷を相殺する可能性があることから、マクロ経済や企業信用のファンダメンタルズは底堅さを維持するとみられる。企業収益の伸びが鈍化し、資金調達コストが上昇するなか、非金融企業の負債比率とインタレスト・カバレッジ・レシオ(借入金などの利息の支払い能力を測るための指標)がともにやや悪化する可能性があるものの、投資適格企業を中心に大半の企業については、格付けを維持するための十分な余裕があるとみている。アジアの銀行システムは強固さを維持しており、安定した預金基盤や強靭な資本比率、および引当金計上前の収益性の好調さが、今後の信用コストの緩やかな上昇に対してバッファーとしての役割を果たすだろう。
需給面では、発行体はコストが割安な国内市場で資金調達を続けており、新規債券発行額がネットベースで低調となっていることは、アジアのクレジット市場の大きな下支え要因になるとみている。ハードカレンシー建て新興国債券ファンドへの資金流入は依然として低調であるものの、魅力的なオールイン利回りを確保したい域内の機関投資家からの需要は引き続き旺盛となっている。但し、過去数ヵ月に大きく上昇した市場はこれらの好材料を概ね織り込んだ状態にある。予想を上回る世界経済の悪化や域内諸国の政治面での不透明感、地政学的緊張など、一部のネガティブなリスク要因が顕在化した場合は、投資適格債を中心にアジアの信用スプレッドにある程度の拡大圧力がかかる可能性がある。
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