本稿は2025年6月23日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

信用ファンダメンタルズは引き続き堅固だが、当面は比較的慎重でディフェンシブなスタンスを採用


サマリー

  • 債券は、特に株式と比較した場合に、魅力的と見なされることはほとんどない。しかし、債券市場はそれでも大きな影響力を、しかも急速にもたらす場合がある。米国の信用格付けの引き下げや財政支出計画への懸念が高まるなか、米国債の長期ゾーンの利回りが節目となる5%を一時的に超えた時、投資家は多くのことを考えさせられた。5月末の利回り水準は2年物の指標銘柄で前月末比0.30%上昇の3.90%、10年物の指標銘柄で同0.24%上昇の4.40%となった。
  • アジア域内では、5月に中国、韓国、インドネシアの中央銀行が政策金利を引き下げた。4月の域内のインフレ動向にはばらつきがみられたが、大半の国で概して落ち着いた状態が続いた。
  • 当社では、2025年のアジアの現地通貨建て国債市場は、インフレの落ち着きや経済成長の鈍化を受けた各国中央銀行の緩和的な姿勢が追い風となり、良好に推移するとの見方を維持している。域内では、マレーシア、インド、インドネシア、フィリピンといった利回りが高めの債券への投資意欲が、域内の他の債券市場と比べて引き続き旺盛になるだろう。
  • 5月のアジア・クレジット市場は、米国債利回りが上昇したものの信用スプレッドが0.18%縮小するなか、前月末比で上昇した(0.36%)。格付け別では、投資適格債はスプレッドが0.152%縮小するなか月間リターンが0.11%となり、ハイイールド債をアンダーパフォームした。ハイイールド債はスプレッドが0.32%縮小して月間リターンが1.92%となった。
  • 4月にスプレッドが拡大したことを受けて、当社ではアジアの信用スプレッドに対して長期的にポジティブな見方をしていた。しかし、マクロ経済環境が依然として不透明であるなかで、アジアの信用スプレッドが(トランプ政権が相互関税を発表した)「解放の日」の前の水準近辺まで急速に戻していることから、アジア・クレジットのバリュエーション面の魅力度はやや低下している。信用ファンダメンタルズが堅固で、需給テクニカルも良好である一方、貿易・地政学的リスクの再燃に対して慎重な見方をしている。したがって、当面はより慎重でディフェンシブなアプローチを取る方針である。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

債券市場は動揺をみせ利回りは上昇
5月の米国債市場は、投資家が米国への長期貸付に疑念を持ち始めるなか動揺が広がると、米国債は売り込まれ、利回りは月の大半を通じて上昇基調となった。米中交渉の再開や米英間貿易協定の最終合意など、貿易をめぐる動向は楽観的な様相をみせた。米FRB(連邦準備制度理事会)は予想されていた通り政策金利を据え置いたが、ジェローム・パウエル議長は経済指標に基づく忍耐強いアプローチを改めて示し、フォワード・ガイダンスはほとんど提供しなかった。

月の後半に、今後10年で連邦政府の債務が5.2兆米ドル増加すると見込まれる予算案が下院で可決されると、財政に対する懸念がさらに強まった。その後、格付け機関ムーディーズは、米国のソブリン債格付けを最上位の「Aaa」から「Aa1」へと引き下げた。スコット・ベッセント財務長官はインタビューで、ムーディーズの格付けは「遅行指標」であり、「信用格付け機関については誰もがそう考えている」とコメントし、米国の信用格付けの引き下げを重要視していない様子をすぐさまみせたが、利回りに再び上昇圧力がかかったことから、実際には違う可能性もある。同じ時期に日本国債の長期ゾーンが売り込まれたことも米国債市場に波及的影響をもたらし、米国債30年物の利回りは一時5.10%を上回った。しかし、利回りの上昇が投資家の押し目買い意欲を惹きつけたため、長期金利は低下に転じた。月末の利回り水準は、2年物の指標銘柄で前月末比0.30%上昇の3.90%、10年物の指標銘柄で同0.24%上昇の4.40%となった。

チャート1:アジア現地通貨建て債券のリターン

チャート1

信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメント アジア リミテッドが作成
(注)リターンはMarkit iBoxxアジア・ローカル・ボンド・インデックス(ALBI)およびその各国インデックスに基づく。各国インデックスの債券のリターンは現地通貨ベース、各国インデックスの通貨とALBIのリターンは米ドル・ベース。グラフ・データは過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。


中国、韓国、インドネシアの中央銀行が政策金利を引き下げ
アジアの各中央銀行は引き続き利下げを行った。インドネシアの中央銀行は、内需を下支えするために主要政策金利を0.25%引き下げて5.5%とした。同中銀は、利下げと同時に2025年の経済成長率見通しについて、世界的な不確実性の高まりを理由に従来予想の4.7~5.5%から4.6~5.4%へと若干引き下げた。とは言え、同中銀は内需および政府支出の拡大により、経済成長の勢いは年後半に強まると予想している。同様に、韓国の中央銀行は政策金利を0.25%引き下げて2.50%とし、2025年の経済成長率予想を1.5%から0.8%へと大幅に下方修正する一方、2025年のインフレ見通しについては1.9%に維持した。

また、中国人民銀行は複数の金融緩和策を実施し、7日物リバースレポ金利と基準となるLPR(ローンプライムレート、最優遇貸出金利)をともに0.10%引き下げ、銀行の預金準備率を0.50%引き下げた。月の後半に、同中銀は1年物LPRを0.10%引き下げて3.0%に、住宅ローン金利の主な指標である5年物LPRを0.10%引き下げて3.5%とした。

4月の総合インフレ率はまちまちとなった。インドネシアのインフレは加速する一方、インドやタイ、フィリピンではインフレ圧力が緩和した。他では、韓国、中国、シンガポール、マレーシアの消費者物価は概ね横ばいとなった。また、複数の国でGDPデータが発表され、インドネシアの第1四半期の経済成長率は前年同期比4.87%と、過去3年間で最も低成長となり、前四半期の同5.02%から減速した。鈍化の原因となったのは、輸出、家計支出、投資が減速したことだった。一方、タイの2025年第1四半期の経済成長率は前年同期比3.1%となり、予想以上に拡大した。また、フィリピンの第1四半期のGDP成長率は、個人消費が引き続き経済の主な牽引役となるなか前年同期比5.4%となった。

5月のアジア現地通貨建て国債の利回りは概して低下し、上昇傾向となった米国債利回りとは乖離した動きをみせた。インドの債券はインフレの緩和や中銀の追加利下げ期待が下支えとなり、インドネシアの債券は中銀の利下げや経済成長見通しの下方修正によって需要が押し上げられた。中国の債券も中国人民銀行による追加金融緩和から追い風を受けた。

今後の見通し

キャリー水準が高めの債券を引き続き選好
アジアの現地通貨建て国債市場は、インフレの落ち着きや経済成長の鈍化を受けた各国中央銀行の緩和的な姿勢が追い風となり、好調に推移していくとの見方を維持している。米国の関税が景気にさらなる影響をもたらすかもしれないとの懸念は、アジア諸国の債券市場にとって一段の下支え要因になるかもしれない。

域内では、マレーシア、インド、インドネシア、フィリピンといった利回りが高めの債券への需要が、域内の他の債券市場と比べて引き続き底堅く推移するだろう。また、インドネシアやインド、フィリピンでは、中央銀行が2025年後半に追加金融緩和を実施すると予想しており、国債利回りがさらに低下する可能性がある。

トランプ政権にまつわる先行き不透明感が根強いなか、当面はアジア通貨全般に対して慎重な見方を維持している。しかし、域内の強い経済ファンダメンタルズがそうした不透明感による影響を緩和するとみており、なかでもマレーシアリンギットに対して引き続き明るい見方をしている。

アジアのクレジット市場

市場環境

5月のアジア・クレジット市場は上昇
5月のアジア・クレジット市場は、米国債利回りが上昇するなかでも信用スプレッドが0.18%縮小したことを受けて、リターンが0.36%となった。格付け別では、米国債利回りの上昇が投資適格債のパフォーマンスを圧迫し、平均デュレーションがより長いことからハイイールド債に対して劣後した。投資適格債はスプレッドが0.15%縮小して、リターンが0.11%となる一方、ハイイールド債はスプレッドが0.32%縮小して、リターンが1.92%となった。

貿易交渉をめぐる楽観的なムードを主因にリスクセンチメントが世界的に改善するなか、5月のアジアの信用スプレッドは縮小した。関税の引き下げが市場予想を大幅に上回ったことで、格付けが低めのクレジットを中心に信用スプレッドが大幅に縮小した。その後、米国債のボラティリティが高まり関税関連の不透明感が再燃するなか、アジアの信用スプレッドはほぼレンジ内での推移が続いた。5月末の信用スプレッドは、4月末に比べ大半の主要国で縮小した。

中国では、一連の緩和策に加え、中国人民銀行の潘功勝総裁がサービス消費や高齢者介護、技術革新を支援するための再融資プログラムを拡大する計画を示した。5月のゴールデンウィークの消費データは比較的好調だったが、発表頻度の高い指標では4月は全体的な活動の低迷が示された。5月は、香港の大手デベロッパーが永久債のコールの権利行使を見合わせる決定をするなか、不動産分野のクレジットものがアンダーパフォームした。一方、中国の不動産分野のクレジットは、不動産販売や住宅価格が低迷傾向にあるなかでも、市場の関心が見込まれる政策支援に移ったことを受けて底堅いパフォーマンスをみせた。インドではパキスタンとの地政学的緊張が高まり、5月初めに両国のクレジットの圧力となったが、迅速な停戦により市場心理は安定化した。アダニ関連のクレジットは、贈賄事件終結に向けてアダニ・グループがトランプ政権の高官と会談するとのニュースが好感され、5月は好調なパフォーマンスをみせた。

5月の発行市場は活発化
発行市場の活動は4月に低調となったのち、5月はリスクセンチメントが改善したことを受けて持ち直した。投資適格債分野では、Standard Chartered PLCのディール(2トランシェで総額17.5億米ドル)やChina Construction Bank Hong Kongのディール(2トランシェで総額15億米ドル)、Pertamina Hulu Energiのディール(総額10億米ドル)など計19件(総額97.5億米ドル)の新規発行があった。また、ハイイールド債の新規発行は3件(総額7.7億米ドル)となった。

チャート2:過去1年のアジア・クレジット市場のパフォーマンス

チャート2

信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントアジアリミテッドが作成
(期間)2024年5月末~2025年5月末
(注)JPモルガンアジア・クレジット・インデックス(JACI)(米ドル・ベース)を、2024年5月末を100として指数化。グラフ・データは過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。


今後の見通し

堅固な信用ファンダメンタルズや良好な需給動向が引き続き下支えとなるも、5月の大幅上昇を経てバリュエーションの魅力度は低下
貿易や関税をめぐって先行き不透明感が強まっており、加えて米国の経済成長やFRBの金融政策も見通しづらい状況にあることから、外需やアジア各国のマクロ経済のファンダメンタルズは当面ある程度の逆風に晒されるとみられる。インドネシアでは財政政策の転換が見込まれるなど、一部の国における動向も注視していく必要がある。しかし、アジア諸国の大半はこうしたボラティリティ上昇局面を迎えるなかでも、外部環境、財政、内需が比較的良好な状況にあり、この先の逆風の影響を十分に吸収することができるとみられる。

中国当局は、国内の消費や投資を後押しするとともに株式市場や不動産市場を安定化させるべく、財政政策やセクターに特化した政策の導入を引き続き進めている。さらに、アジア各国の中央銀行の大半は、内需を下支えするための金融政策の緩和余地が一定程度ある。厳しさが増すなかでも、引き続き良好なマクロ経済情勢を背景に、関税上の脅威や地政学的動向の影響を受ける可能性がある一部のセクターや個別のクレジットを除き、アジアの企業や銀行の信用ファンダメンタルズは底堅さを維持すると予想している。

マクロ経済環境が依然として不透明な状況下、アジアの信用スプレッドが(トランプ政権が相互関税を発表した)「解放の日」の前の水準近辺まで急速に戻していることから、アジア・クレジットのバリュエーション面の魅力度は少なくとも短期的にはやや低下している。信用ファンダメンタルズは引き続き堅固であり、需給状況も良好だが、特に90日にわたる相互関税の一時停止の終了が近づいており、これらの関税が米連邦控訴裁判所によって有効とされていることから、当社では貿易や地政学面のリスクの再燃に対して慎重な見方をしている。したがって、当面のあいだより慎重でディフェンシブなアプローチを取る方針である。


当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。