KAMIYAMA Reports vol.214
- ここがポイント!
- ✔ 長らく見ていなかった1米ドル=120円台の背景
- ✔ 米ドル高(120円台)が続く条件は、米国のインフレ高止まり
- ✔ FRBの引き締め過ぎがリスク:さらなるインフレ加速の可能性は低い
長らく見ていなかった1米ドル=120円台の背景
3月22日、円が対米ドルで120円台に下落し、2016年2月以来約6年1ヵ月ぶりの円安水準となった。トランプ前政権時に105〜115円程度の幅で推移していた米ドル円がそのレンジ上限を超えるのは、「黒田バズーカ」影響下の市場環境以来であり、さらには、リーマン・ショック(2008年)以前のサブプライム・バブル時代を思い起こさせる水準である。正直なところ、今年の2月初旬までは米国の長期金利上昇と米ドル高を想定していなかった。
今回、米ドル/円が105〜115円程度のレンジを超えた要因は、これまでみられなかった米国のインフレ期待の上昇である。より細かく言うと、「高いインフレ水準が長く続くほど、米家計がこれまでの貯蓄とこれからの所得水準を維持する可能性が高い」と市場が読み始めたのだ。
そもそもトランプ前政権時の財政出動の規模が大きく、コロナ禍から正常化する中でも家計に貯蓄が残っており、消費意欲が高い。雇用は回復して将来の不安も減っている。さらに早期引退者の増加などで賃金は上昇している。ガソリン価格上昇分などをカバーして消費が伸びるとの期待が、リーマン・ショック前の米国のインフレ率水準への回帰、ひいてはFRB(米連邦準備制度理事会)のインフレ目標2%の達成期待につながっている。
米ドル/円水準を決めるもう一つの要因は、日本の状況である。FRBが、財政政策で押し上げられた強い需要を背景としたインフレ状態への回帰を想定して利上げを進める状況であるのに対して、日銀はまったく動けないように見える。日米の最大の違いは、コロナ禍対応の財政政策の規模である。米国はトランプ前政権とバイデン政権の救済プランで5兆米ドル以上の支出を行い、失業手当の上乗せや一時金支給など、消費者の消費を支える政策を強く志向してきた。一方、日本では企業に対して雇用維持を目的とした助成金を支給したものの、国民への一時金支給は一度だけで、消費意欲を強める政策を打ち出さなかった。米国の家計では、普段より高い貯蓄額が残っており、今後の消費にお金が向かいそうだ。日本の家計の状態はコロナ禍前と大きく変わらないので、経済が拡大してインフレ下でも成長が続くとの期待は、日本よりも米国の方が強い状態になっている。これが、米ドル高円安の背景となっている。つまり、市場参加者が、“米国でインフレが進んでも消費は伸び続ける”との信頼を強めたことが、3月の米ドル高につながったのだ。
米ドル高(120円台)が続く条件は、米国のインフレ高止まり
もちろん、ロシアのウクライナ侵攻を受けた「有事の米ドル買い」も、3月の米ドル高の背景の一つだろう。欧州での有事が、米国経済にさほど影響を与えないとみられる限り、有事の米ドル買いとなり易く、軍事的・経済的強さに、資金が一時的に米ドルに集まった可能性は高い。しかし有事の米ドル買いは、世界のロシアへの経済制裁が続く「ロシアのいない世界」(Vol.212を参照)に落ち着いてしまうことで、いずれ剥がれ落ちるだろう。では、米ドル/円が120円台を維持する条件とは何であろうか。
最大の条件は、米国の消費がインフレ水準を高止まりさせるほど持続することである。この可能性は低くはないが、そうはならない(元に戻る)可能性と五分五分とみている。現時点で、強い米ドルを支持する証拠が十分に出揃っていないからだ。ロシアへの経済制裁が今後も続くと考えれば、経済・貿易面で「ロシアのいない世界」になるための一時的なショック(石油、天然ガス、鉱物資源などの価格上昇と消費者の負担)を政府支出で補うことが適切だろう。つまり、円が対米ドルで120円台を維持するためには、米国が今秋の中間選挙に向けて追加政策を打ち出すことが求められることになろう。
日本は、これから米国を追いかけるようにコロナ禍からの正常化が進む。しかし、正常化の出遅れの修正はそのまま円高要因となる。例えば、Go Toキャンペーンなどの政策が実行される一方で、米国が何もしなければ、米ドル/円が120円を割り込み米ドル安円高になるだろう。
日本と米国の対応の差が米ドル/円を決めるとすれば、(日本のコロナ禍からの正常化が進む想定で)米ドル/円が120円台で安定するための条件は、米国の消費パワーがロシアへの経済制裁(≒ガソリン代や光熱費の上昇)を乗り越えて大きくなることである。これがリーマン・ショック前の水準を上回るインフレ率の持続性を強め、金利水準もそれに応じて(リーマン・ショック前に戻る必要はないが)高くなり、米ドル高を維持する原動力となる。この場合、コロナ禍からの正常化が進む米国の成長に、正常化に出遅れ感がある日本の成長では、円高になることはないだろう。
FRBの引き締め過ぎがリスク:さらなるインフレ加速の可能性は低い
当面のリスクは、景気過熱を恐れるFRBの利上げの行き過ぎ(引き締めすぎ)となる。一般に政策失敗の可能性は小さく、仮にそうなってもすぐに調整されるので大きな問題ではない。ただし、引き締めすぎによる景気の勢い喪失は、米国長期金利の低下、米ドル安につながることになる。財政政策が拡大すれば、FRBがインフレを恐れて金利を正常化する以上に引き締める恐れは残る。実際には財政支出の効果が一時的であるから、インフレ加速の可能性は低い。しかし、FRBの調整が遅れ、米国景気が不必要な減速となるリスクを、市場は恐れ続けることになろう。
また、日本では「悪い円安」のリスクがメディアなどで言われているが、米国のインフレの落ち着きと、日本のコロナ禍からの正常化の追いつきや財政支援策(Go Toキャンペーンなど)があれば、円安は加速しないだろう。円安自体は経済全体として日本にメリットが残るので、無理に円高にする政策は間違いである。悪い円安は、日本でコロナ禍において消費支援が少なかったことや、消極的な企業活動であったために労働生産性が高まらず、賃金も上昇しづらい状況下で、モノ不足によるインフレを起こせないことが原因と考える。日本のコロナ禍からの正常化は多少なりとも円高要因となろうが、生産性が低いまま、という構造要因の払拭にはまだ時間がかかりそうだ。
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