KAMIYAMA Reports vol. 140

  •  ここがポイント!
  • ✔ 日本と中国では、「不公正」の程度が違う
  • ✔ 日本と中国では、「経済の発展段階」が違う
  • ✔ 日本株全体の長期低迷につながるとは考えない

日本と中国では、「不公正」の程度が違う

4月から日米間で通商に関する交渉が本格化したが、交渉は日本にとって厳しいものになるとの見方も出ている。 政治的に重要度の高い農業分野と、経済的に重要度が高い自動車分野が注目されており、それぞれ米国の注文は厳しい内容になるかもしれない。ただし、全体としては、米国と中国の交渉とは内容が異なるし、トランプ政権の中国に対する対応と同様(例えば、自動車輸入に高い関税を課すなど)になるとは考えにくい。

米国から見ると、中国と日本の位置づけは大きく異なる。特に貿易面では、「不公正」の程度に関して、中国は高く、日本は相対的に低い。米国は、中国の①不十分な知的財産権保護、②国営企業の優遇、③補助金供与による企業保護、といった不公正を指摘する。確かに、貿易だけが自由になっても、企業活動が保護主義的であれば「アンフェア(不公正)」となる。一方で、日本の非関税障壁や商慣習の問題などは、80年代からの日米貿易摩擦とその交渉の過程でずいぶんと解決された。トランプ政権としては、個別の国に対する貿易赤字を減らしたい、という目的を持っているが、不公正を盾にいまさら日本を攻撃することは難しい。

米国で販売される乗用車の内訳

(日本自動車工業会のデータをもとに日興アセットマネジメントが作成)
上記は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。

日経平均株価のような幅広く日本経済をカバーする指数の観点では、農業分野を自由化しても、GDP(国内総生産)へのインパクトは小さく、輸入品の値下がり効果も小さいことから、あまり影響はないとみている。一方で自動車産業への制約増は重大だが、トランプ政権というより米国自動車産業の要求は、(表向きは別として)人口減の日本で販売を拡大するよりも、米国での日本車のプレゼンスを低下させることにあるようだ。それゆえ、米国での輸入車の量的制約が論点になるかもしれない。しかし、日本の自動車メーカーは、すでに台数面で日本から米国への輸出を大幅に減らしている(12年の約94万台から18年は約34万台)。一方、北米で生産する日本車の米国販売シェアは拡大(12年の約29%から18年は約39%)しているので、実は米国自動車産業としては、いまさら日本からの輸出台数に制約を課しても本質は変わらない。

そうなると、トランプ政権は、北米生産の中でメキシコ生産における部品の現地調達比率を拡大(設備投資コストなどの増大)させることぐらいしか、打つ手がないことになる。しかし、NAFTAを見直した「米国・メキシコ・カナダ協定」の交渉ではそれほど重大な問題となっておらず、米国がいきなりメキシコ生産の日本車に高関税をかけるための手段として、日本企業の悪意(国営企業でも補助金支援によるものでもないので)を認定することは難しい。

今後トランプ政権などから多くの情報が出てくるだろうが、アドバルーンとしての要求などが混ざることもあるだろう。報道内容に一喜一憂しないように投資の意思決定を行いたい。

日本と中国では、「経済の発展段階」が違う

日本ではすでに確立された強いブランドが大きな付加価値を持っており、生産場所が日本国内であるか需要地の米国であるかの差は、付加価値の源としては大きくない。しかし世界の工場である中国は、そもそも中国で生産しなければ得るものが小さい。

経済の発展段階(イメージ図)

出所:秋本翔太「「中所得国の罠」に関するサーベイと金融市場発展の重要性 3.Mar.2017」などをもとに日興アセットマネジメントが作成

80年代の日米貿易摩擦では、当時、米国のゲッパート議員が日本製のラジカセをハンマーで壊したパフォーマンスが話題となった。しかし、現在、仮に同じパフォーマンスをしようと思うと、中国を代表するブランドは何だろうか。実はこれといって存在しない。中国製品は多いが、中国ブランドというよりも日本・欧州・米国ブランドなどが多い。

これは経済の発展段階が日本(第4段階)と中国(第2~3段階)では異なることからきている。(上図)

日本は、自動車に限らず電気製品や機械、素材など幅広い部門で世界に誇る付加価値の高い製品を生み出し、ブランドを持つ日本企業の価値の取り分が多い状態を作り出した。一方で、中国は経済発展の第2段階から第3段階になり、ようやく現地の生産技術が確立したところと位置づけられる。つまり、国営企業の優遇や補助金供与で他の中所得国との生産拠点競争をする状態にある。米国がこの段階で中国を脅威だと認識した理由は、軍事力など別の側面を総合的に含めたことにあり、経済の発展段階としては未熟な状態で貿易摩擦に突入した。日本はすでに先進国入りしてからの貿易摩擦だったので、大きな違いがある。日本は緩やかに米国生産を増やす対応が可能だが、中国はそれどころか国営企業改革すらまだ難しい段階にある。

日本株全体の長期低迷につながるとは考えない

日米通商交渉は、今後さまざまな懸念をもたらす可能性があるものの、米中貿易摩擦とは不公正と発展段階の観点から本質的に異なる。報道内容によっては特定セクターに一時的な懸念が出て、株価指数にも影響を与える可能性はあるものの、長期・分散投資を行う投資家からみれば、通商交渉の結果によって日本株全体(日本経済)の長期低迷につながるとは考えにくい。つまり、交渉の結果により投資スタンスを変えるような事態にならないと予想する。