本レポートは英語による2019年5月発行「ASIAN FIXED INCOME OUTLOOK」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

サマリー

  • 4月の米国債市場は利回りが上昇した。当初、利回り上昇を引き起こしたのは、米国の堅調な雇用統計と欧州の一部における鉱工業生産の回復だった。その後発表された中国の経済指標が予想を上回り、同国の足元の景気鈍化が底打ちした可能性を示したことから、世界経済の同時減速不安が緩和された。一方で、米FRB(連邦準備制度理事会)による利下げへの期待が強まった。最終的に、米国債利回りは2年物で前月末比0.004%上昇の2.27%、10年物で同0.10%上昇の2.50%で月を終えた。
  • アジアのクレジット市場は、米国債利回りがイールドカーブ全体にわたってやや上昇するなか、信用スプレッドの縮小を主なドライバーとしてリターンがプラスとなった。投資適格債はスプレッドが0.07%縮小し、トータル・リターン・ベースの市場リターンが0.32%となった。ハイイールド債はスプレッドの縮小が0.02%にとどまったが、相対的にデュレーションが短くキャリーが高いことから、トータル・リターンが0.44%となり投資適格債をアウトパフォームした。
  • 総合CPI(消費者物価指数)インフレはマレーシア、タイ、シンガポール、中国、インドで加速したが、インドネシア、フィリピン、韓国では同種の消費者インフレ指標が減速した。RBI(インド準備銀行)が利下げを実施する一方、MAS(シンガポール金融通貨庁)は現行の為替政策を維持した。中国では、政策当局の発言がより中立的なトーンへとシフトした。その他では、スタンダード&プアーズ(S&P)社がフィリピンの債務格付けを引き上げた。
  • 一方、4月は発行市場で大量の新規発行が見られた。投資適格債分野で計32件(総額206億米ドル)、ハイイールド債分野で計44件(総額約148億米ドル)の新規発行があった。
  • アジアの現地通貨建て債券では、キャリーが中~高水準で当面の金融政策にハト派シフトの余地がある国の債券を引き続き選好する。通貨では、中国人民元が相対的に堅調さを維持すると予想する。加えて、5月は、ラマダン(イスラム教の断食月)や観光需要の季節的な落ち込み、在アジア子会社から親会社への定期的な配当送金といった要因により、アジア地域の通貨が季節的に軟化する時期となる傾向にある。
  • FRBのハト派化と世界的な景気鈍化見通しとの組み合わせは、アジアのクレジット市場にとって追い風である。一方、継続中の米中貿易交渉がどのような結果となるかは依然不透明だ。域内に目を向けると、インドネシアで見込まれるジョコ・ウィドド大統領の再選は、広く予想されている結果ながらも、同国の信用スプレッドにとってサポート材料となるだろう。タイとインドの選挙結果も注視が必要だ。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

米国債利回りは上昇
米国債利回り上昇のきっかけとなったのは、米国の堅調な雇用統計と欧州の一部における鉱工業生産の回復だった。米中間の貿易交渉が大詰めに入ったとのニュースも、一段の利回り上昇を促した。アジアでは、中国の多くの経済指標が予想を上回り、同国の足元の景気鈍化が底打ちした可能性を示したことから、世界経済の同時減速不安が緩和された。しかし、その後、アルゼンチンやトルコなどの新興国で個別に政治的騒動が起きたことを受け、米ドルが全面高となるとともに米国債利回りが若干低下した。米国では、2019年第1四半期のGDPが予想を上回ったものの、FRBが重要視するインフレ指標であるPCE(個人消費支出)物価指数の伸びが大きく鈍化したこともあり、FRBによる利下げへの期待が強まった。月末の米国債利回りは2年物で前月末比0.004%上昇の2.27%、10年物で同0.10%上昇の2.50%となった。

<アジア現地通貨建て債券のリターン>
過去1ヵ月(2019年3月末~2019年4月末)

アジア現地通貨建て債券のリターン過去1ヵ月(2019年3月末~2019年4月末)

過去1年(2018年4月末~2019年4月末)

アジア現地通貨建て債券のリターン過去1年(2018年4月末~2019年4月末)

(出所)信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメント アジア リミテッドが作成
(注)リターンはMarkit iBoxxアジア・ローカル・ボンド・インデックス(ALBI)およびその各国インデックスに基づく。各国インデックスの債券のリターンは現地通貨ベース、各国インデックスの通貨とALBIのリターンは米ドル・ベース。グラフ・データは過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。

3月はインフレ圧力が概ね上昇
総合CPIインフレはマレーシア、タイ、シンガポール、中国、インドで加速したが、インドネシア、フィリピン、韓国では同種の消費者インフレ指標が減速した。マレーシアでは、住宅費、公共料金、レストランおよびホテルの料金に加え、教育費や食品価格が上昇したことが主因となり、CPI上昇率が3月にプラス圏に戻ったため、デフレ懸念が和らいだ。タイでも、生鮮食品価格の上昇とエネルギー・インフレの高まりを受けて総合インフレが加速したが、生鮮食品とエネルギーを除いたコアインフレ率は2月から横這いとなった。シンガポールでは、民間道路輸送費と住居費の低下ペースが鈍化したことから総合インフレがやや加速したが、それら2つの項目を除いたコアインフレは反対に減速した。一方、フィリピンでは、ベース効果が有利となったのに加えて食品インフレが鈍化した結果、インフレ圧力が緩和した。同様にインドネシアでも、エネルギーおよび食品の価格上昇鈍化を受けて総合CPIインフレが減速した。

RBIは利下げを実施、MASは為替政策を維持
インドの中央銀行であるRBIは、消費が低迷し外的リスクが高まるなかで経済成長を押し上げるべく、2会合連続となる0.25%の利下げを実施した。RBIはまた、銀行システムの流動性を担保するために使える手段はすべて使う用意があると述べ、政策スタンスを「中立」に据え置いた。同中銀はCPI上昇率の見通しを引き下げ、経済成長率見通しについても下方修正した。一方、MASは、シンガポールドルの名目実効為替レートの政策バンドについて、現行の上昇ペースを維持するとともに、バンドの幅と中心水準も据え置くと述べた。この決定に先んじて発表されたGDPの公式速報値は、シンガポールの2019年第1四半期の経済成長が、製造業セクターのマイナス成長を受けて1.3%に減速したことを示した。注目すべき点として、同庁もまた、2019年のコアインフレの予想レンジを1.5~2.5%から1~2%へと下方修正した。

第1四半期の韓国経済はマイナス成長、政策当局は補正予算案を提出
韓国の第1四半期の実質GDPは前期比0.3%減と、2008年第4四半期以来で最も低い成長となった。中央銀行は低迷の要因として設備投資の落ち込みと輸出の減少を挙げた。この失望的なGDP統計の発表の1日前、政府はGDPの0.4%に相当する規模の補正予算案を提出した。総額6.7兆ウォンのパッケージのうち、2.2兆ウォンが大気汚染対策に充てられる一方、4.5兆ウォンは輸出信用のファイナンスや雇用創出に割り当てられる。この追加予算は3.6兆ウォンの国債発行と歳計余剰金で賄われる。企画財政部長官によると、当追加予算の実施によって少なくとも7.3万の雇用が生まれ、今年の経済成長が0.1%押し上げられる可能性がある。

S&P社がフィリピンの債務格付けを引き上げ
格付機関S&P社は、フィリピンの長期ソブリン債格付けを「BBB」から「BBB+」へと引き上げ、格付け見通しを「安定的」とした。投資適格の下限から2段階上というこの格付けは、フィリピンがこれまでに得たなかで最も高いものだ。S&P社は、格上げの主な理由として、同国の堅調な経済成長見通し、堅実な財政収支、低水準の公的債務を挙げた。同社はまた、「政府が財政改革プログラムにおいて一段の大きな成果を上げれば、または同国の対外収支状況が改善すれば」、向こう2年のうちに同国がさらなる格上げを獲得する可能性があると指摘した。一方で、同社はまた、実質GDP成長率が大幅なマイナスとなった場合、または財政プログラムが「予想を大きく上回る水準の一般政府純債務をもたらした」場合は、格下げが起こる可能性があるとの警告も発した。

今後の見通し

キャリーが中~高水準にあり金融政策がハト派転換する可能性がある国の債券を選好
最近の世界のマクロ経済指標は、政府の継続的な景気刺激策の効果が経済に波及し始めた中国を中心に、安定化の兆しを見せている。とは言っても、先進国の中央銀行が利上げに対して忍耐強い姿勢を示していることから、アジアの債券への需要は順調に下支えされると予想する。当社が選好するのは、キャリーが中~高水準で当面の金融政策にハト派シフトの余地が残っている国の債券だ。当社では、フィリピンとマレーシアの中央銀行が落ち着いたインフレ見通しを受けて金融政策のさらなる緩和に乗り出す可能性があると見ている。フィリピン中銀のベンジャミン・ジョクノ総裁は、金融政策の緩和は時期の問題にすぎないと述べている。したがって、インフレ率が中央銀行の目標内に十分に定着し、インフレ期待が概ね安定化さえすれば、預金準備率か政策金利の引き下げが発表され得ると考える。同様に、マレーシア中銀は同国経済について明らかに慎重なトーンの発言を行っていることから、政策金利引き下げの動きが迫っていると見ている。

中国人民元は相対的に堅調な推移が続くと予想
5月は、ラマダン(イスラム教の断食月)や観光需要の季節的な落ち込み、在アジア子会社から親会社への定期的な配当送金といった要因により、アジア地域の通貨が季節的に軟化する時期となる傾向にある。アジアの通貨のなかでは、中国人民元が相対的に堅調な推移を続けると予想する。最近のニュースは米中間の貿易協定合意が近いことを示している。これに加え、中国経済の安定化が続いていることを理由として、当該通貨を選好する。

アジア・クレジット

市場環境

アジアのクレジット市場は前月に続きリターンがプラスに
4月のアジアのクレジット市場はリターンが0.35%となった。米国債利回りがイールドカーブ全体にわたってやや上昇するなか、信用スプレッドの縮小がプラス・リターンの主なドライバーとなった。投資適格債はスプレッドが0.07%縮小し、トータル・リターン・ベースの市場リターンが0.32%となった。ハイイールド債はスプレッドの縮小が0.02%にとどまったが、相対的にデュレーションが短くキャリーが高いことから、トータル・リターンが0.44%となり投資適格債をアウトパフォームした。

4月前半は、米中貿易交渉に関してはポジティブな話が出てきていたものの、ハイイールド債分野を中心に市場が大量の新規発行に対処しなければならなかったことから、アジアの信用スプレッドはレンジ内での推移が続いた。その後は、中国の3月の経済指標が発表され景気回復兆候の増加を示したのを受けて、世界経済の同時減速不安が緩和されたため、スプレッドは縮小の動きを見せた。一方、中国の不動産セクターのハイイールド債発行体について、2018年の良好な業績結果を反映し債務格付け引き上げの動きが複数見られ、これがリスク・センチメントの改善に寄与した。国別では、ジョコ・ウィドド大統領の2期目続投の可能性が高まったことが市場に好感されたインドネシアがアウトパフォームした。月末にかけては、中国の政策当局が中央政治局会議後に出した声明で、さらなる景気刺激策への市場の期待を牽制した。このトーンの変化を受けて中国の国内株式市場は反射的に売り込まれたが、中国の信用スプレッドに対する影響は概ね抑制された。同様に、いくつかの中国企業におけるストレスの兆候は大半が各企業固有の事象として市場に受け止められ、またスリランカの悲劇的な爆弾事件は同国のソブリン債の信用スプレッドに影響を及ぼすにとどまった。S&P社は月末、フィリピンの長期ソブリン債格付けを「BBB」から「BBB+」へと引き上げて格付け見通しを「安定的」とし、これを受けてフィリピンの信用スプレッドは4月の最終日に著しく縮小した。

中国の経済指標が反発、政策当局はより中立的なトーンにシフト
2019年第1四半期の中国経済は6.4%と着実な成長を見せた。その他の公式経済指標は3月分で明確な回復を示し、鉱工業生産の伸びは大きく加速、小売売上高の伸びはやや加速、固定資産投資の伸びは若干加速した。2月は減速した与信の伸びも3月には加速し、社会融資総量は2兆8,600億元を記録した。一方、政策当局は4月は金融緩和に対して慎重姿勢を強め、追加緩和のハードルが比較的高いことを示唆した。同様に、習近平国家主席が議長を務めた中央政治局会議の声明は、中国の経済成長見通しについてよりポジティブなトーンを示す一方、「適切な度合いの厳しさを伴う」慎重な金融政策を求め、加えて、「構造的負債削減」を求めるとともに、不動産市場の投機抑制へも引き続き言及した。

新規発行の当たり月
4月は発行市場で大量の新規発行が見られた。投資適格債分野では、騰訊控股(Tencent Holdings)の超大型ディール(5トランシェで60億米ドル)を含めて計32件(総額206億米ドル)の新規発行があった。ハイイールド債分野の新規発行は、中国恒大集団(China Evergrande Group)の複数トランシェ・ディール(30億米ドル)を含めて計44件(総額約148億米ドル)となった。

<アジア・クレジット市場の推移>

アジア・クレジット市場の推移

(出所)JP Morgan
(期間)2018年4月末~2019年4月末
(注)JPモルガン・アジア・クレジット・インデックス(JACI)(米ドル・ベース)を、2018年4月末を100として指数化。グラフ・データは過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。

今後の見通し

ハト派スタンスのFRBはアジアのクレジットものに対する需要の追い風に
最近の世界のマクロ経済指標は、政府の継続的な景気刺激策の効果が経済に波及し始めた中国を中心に、安定化の兆しを見せている。先月の本レポートで述べた通り、世界の債券市場に織り込まれているリセッション(景気後退)・リスクは過剰であるように見受けられる。しかし、米FRBや他の主要中銀を足元のハト派傾斜から方向転換させるのに十分なほど世界の経済指標が好転するには、時間がかかるかもしれない。ハト派スタンスのFRBと世界経済の成長鈍化(リセッションを起こすほどではないが)見通しの組み合わせは、新興国のグローバル・クレジット市場のパフォーマンスと同資産クラスへのモメンタム主導の資金流入にとって追い風である。マクロ経済指標の回復に加えて、アジアの2018年下期の企業収益は全体的に良好であった。したがって、年初来の急上昇を経てバリュエーションは長期の平均対比で魅力度のより低い領域に戻ったものの、アジアの信用スプレッドは当面下支えされた状況が続くと見られる。

米中貿易協議は引き続き不確実要因、域内の選挙は注視が必要
最近のニュースは引き続きポジティブな解決を示唆しているが、継続中の米中貿易協議がどのような結果になるかは依然として不透明だ。インドネシアで見込まれるジョコ・ウィドド大統領の再選は、広く予想されている結果ながらも、同国の信用スプレッドにとってサポート材料となるだろう。タイとインドの選挙結果も注視が必要だが、今のところはそれぞれの国の信用スプレッドに与える影響は軽微だろうというのが基本シナリオだ。

当資料は、日興アセットマネジメント アジア リミテッド(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに、日興アセットマネジメント株式会社が作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社および日興アセットマネジメントのファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社および日興アセットマネジメントが保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社および日興アセットマネジメントのものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。日興アセットマネジメント アジア リミテッドは、日興アセットマネジメント株式会社のグループ会社です。