本レポートは英語による2020年7月17日発行「ASIAN FIXED INCOME OUTLOOK」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

サマリー

  • 米国債市場は概ね前月末と変わらない利回り水準で月を終えた。月初は、香港の新たな国家安全維持法に対するドナルド・トランプ米大統領の対応や、米国および中国で発表されたポジティブな経済指標を受けて、リスク・センチメントが高まった。米FOMC(連邦公開市場委員会)が景気の回復について慎重なトーンを示すと、米国債利回りは低下に転じた。月末にかけては、市場センチメントは経済活動再開への楽観ムードとCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)拡大第2波への懸念とのあいだで揺れた。最終的に、月末の米国債利回りは2年物が前月末比0.013%低下の0.15%、10年物が同0.003%上昇の0.66%となった。
  • 6月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.25%縮小したことを主な要因として、月間リターンが2.08%となった。格付け別では、リスク・センチメントの改善を受けてハイイールド債がアウトパフォームし、スプレッドが0.74%縮小してトータルリターンが3.91%となった。投資適格債はスプレッドが0.13%縮小し、トータルリターンが1.55%となった。
  • 当月の発行市場では、計81件(総額351.2億米ドル)の新規発行があった。投資適格債分野の新発債は計47件(総額248.6億米ドル)に上った。起債活動はハイイールド債分野でも加速し、月間の新発債は計34件(総額102.6億米ドル)となった。
  • アジア諸国の5月のインフレは、食品価格の上昇鈍化を主因として一段と減速した。フィリピンおよびインドネシアの中央銀行は、COVID-19から生じる経済への圧力を軽減するために、政策金利を引き下げた。中国では、指標貸出金利が2ヵ月連続で据え置かれる一方で、当局が仕組預金に対する規制を強化した。
  • 今後の見通しとしては、インドネシアおよびインドの債券がアウトパフォームすると予想している。インドネシア中央銀行は利下げを実施したが、当社では将来的にさらなる利下げの余地があるとみている。また、インド準備銀行も、事態の展開に対して積極的な対応を続ける可能性が高い。同中銀には市場に流動性を注入するのに用いることのできる手段が依然十分にあると考えており、これが債券を下支えするだろう。通貨については、フィリピンペソとタイバーツがアウトパフォームすると予想している。
  • アジアの信用スプレッドは依然として高水準にあり、縮小基調が続くと予想する。しかし、第2四半期に急速な縮小回復を見せた後であり、投資家心理が過去に類を見ない経済ショックを受けて依然不安定な状況にあることから、スプレッドは縮小ペースが鈍化するとともにあや押しに見舞われる局面も増えるだろう。当社では、緩やかなスプレッド縮小というややポジティブな見通しを維持しながら、これに対する下方リスクを引き続き注視していく。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

月末の米国債利回りは前月末比で概ね変わらず
月初の市場では、香港の新たな国家安全維持法に対するドナルド・トランプ米大統領の対応や、米国および中国で発表されたポジティブな経済指標を受けて、リスク・センチメントが高まった。対中国で厳しい経済制裁が発動されないという注目すべき展開をきっかけに、リスク資産の価格が大幅に上昇して米国債利回りが急上昇した。米国の経済指標が大きく上振れしたこともリスクオン・センチメントを一段と押し上げ、ミネアポリスでのジョージ・フロイド氏の死亡事件によって引き起こされた全国的な抗議デモに伴う社会不安は材料視されなかった。米国の5月の雇用統計において、非農業部門就業者数がまたもや8百万人減少するという市場予想に反し250万人増という驚くべき回復を見せると、市場は世界的なマクロ環境の回復をますます織り込みにいった。中国の経済指標では、製造業の活動正常化が続いていることが明らかとなった。その後、米FOMC(連邦公開市場委員会)の政策会合で、政策当局が景気回復の見込みについて慎重なトーンを示し金利が2022年いっぱいまで現行水準にとどまる可能性が高いことを示唆すると、米国債利回りは上昇が止まってその後低下に転じた。また、COVID-19について米国の一部の州で感染が再拡大するとともに北京で再び流行が起きたことも、市場センチメント反転の要因となった。月末にかけては、市場センチメントは経済活動再開への楽観ムードとCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)拡大第2波への懸念とのあいだで揺れた。最終的に、月末の米国債利回りは2年物が前月末比0.013%低下の0.15%、10年物が同0.003%上昇の0.66%となった。

アジア現地通貨建て債券のリターン

インフレ圧力は5月も引き続き緩和
アジア諸国の5月の総合CPI(消費者物価指数)は、食品価格の上昇鈍化を主因として上昇ペースが一段と減速した。総合CPI上昇率は、フィリピンで前年同月比2.2%から同2.1%へ、中国で同3.3%から同2.4%へ、インドネシアで同2.67%から同2.19%へと鈍化した。その他では、タイとシンガポールでマイナスのインフレ圧力が強まり両国の総合CPI上昇率がそれぞれ-3.44%、-0.8%となる一方、マレーシアの年間CPIインフレ率は前月と変わらず-2.9%となった。

インドネシアおよびフィリピンの金融当局は政策金利を引き下げ
フィリピン中央銀行とインドネシア中央銀行は、COVID-19から生じる経済への圧力を軽減するために、政策金利を引き下げた。過去2回の政策決定会合で政策金利を据え置いてきたインドネシア中央銀行は、0.25%の利下げを発表するとともにさらなる緩和の余地を残した。同中銀によると、今回の決定は「経済の安定性を維持し景気回復を支えるために」必要不可欠であった。一方、フィリピン中央銀行はより大幅な0.5%の利下げを実施し、これで今サイクルでの利下げ幅は合計1.75%となった。同中銀は利下げの理由について、「経済成長の下方リスクの低減と市場心理の押し上げ」を促すためと述べた。

中国では規制当局が仕組預金に対する規制を強化
中国では当月、政策当局が金融裁定取引を抑止して資金を実体経済の活動に再誘導する動きを見せた。報道によると、一部の企業が安いコストでの資金調達を商業活動に活用する代わりに、借入金利の低下を利用して仕組預金への投資でさや取りを行っている事実を認識した中国銀行保険監督管理委員会は、一部の大手および中規模銀行に対して仕組預金の規模を縮小するよう窓口指導を行った(規則は銀行の規模によって異なる)。一方、同国では指標貸出金利が2ヵ月連続で据え置かれた。

ムーディーズがインドのソブリン債格付けを引き下げ、フィッチはインドの格付け見通しを「ネガティブ」に下方修正
当月は、ムーディーズがインドのソブリン債格付けをBaa3に引き下げるともに見通しを「ネガティブ」に据え置いた。経済成長率および金融セクターへの下方リスクをその理由としている。フィッチはインドの格付けをBBB-に据え置いたものの、見通しについては「ネガティブ」に下方修正し、やはり金融セクターへの懸念を示した。しかし、スタンダード&プアーズ(S&P)は、COVID-19のパンデミック(世界的流行)が「インドの脆弱な金融環境をさらに悪化させるだろう」としながらも、インドの格付けをBBB-に据え置くとともに見通しを「安定的」に維持した。これらのアクションにより、インドは、主要格付機関3社すべてによる格付けをなんとか投資適格級には保ったものの、今や同3社のうち2社から格付け見通しを「ネガティブ」と評価されていることになる。

S&P社はマレーシアのソブリン債格付け見通しを「ネガティブ」に下方修正
S&Pグローバル・レーティングは、COVID-19による経済への深刻な影響を理由として、マレーシアの格付け見通しを「ネガティブ」に下方修正した。同格付機関は、同国の今年の実質GDPについてマイナス成長が予想されるとともに2020年および2021年に財政赤字の拡大が見込まれるなか、同国の純債務が対GDP比60%を超える可能性があると付け加えた。

今後の見通し

インドネシアおよびインドの債券がアウトパフォームすると予想
当社では、流動性注入と資金調達市場改善という主要中央銀行の断固としたアクションにより、リスク・センチメントが安定化するにしたがってキャリーを追い求める動きが引き続き後押しされるとみている。また、米FRB(連邦準備制度理事会)は金利がより長期にわたってより低い水準に維持されるだろうと繰り返し述べており、そうなればアジアへの資金フローが促されるものと想定される。アジア地域の債券は相対的に魅力度の高い実質利回りを提供し続けており、海外投資家による保有割合は依然として比較的小さい。これらの要因は、アジア債券に対する当社のポジティブな中期見通しを裏付けている。

とは言え、当社では下方リスクについても継続的にモニターしている。特に注視しているのは、世界的にCOVID-19感染者数が再度増加する第2波リスク、そして米中間における地政学的緊張の再燃で、これらは当面再びリスク・センチメントを悪化させる要因となり得る。しかし、リスク回避ムードが広がったとしても、政府と中央銀行(特にFRB)のアクションによって市場の急落は回避されるものと見込まれる。

そのような背景の下、当社ではインドおよびインドネシアの債券がアウトパフォームすると予想している。インドネシア中央銀行は当月中に政策金利を引き下げたが、当社では今後もさらなる利下げの余地があるとみている。また、同国の財務相は、財政の資金調達圧力を一部軽減すべく、中央銀行が400兆ルピア超の一部国債を引き受けることで政府と近く合意すると発表しており、この進展によって供給懸念がやや緩和されるものとみられる。一方、インド準備銀行は、事態の展開に対して積極的な対応を続ける可能性が高い。同中銀には市場に流動性を注入するのに用いることのできる手段が依然十分にあると考えており、これが債券を下支えするだろう。さらに、年後半に債務のマネタイゼーション(中央銀行が通貨を増発して政府発行の国債を直接引き受けること)が実施される可能性があることから、追加の債券供給に対する懸念はやや和らぐと想定される。

フィリピンペソとタイバーツがアウトパフォームすると予想
通貨については、フィリピンペソとタイバーツがアウトパフォームすると予想している。タイの経常収支は5月に赤字に戻ったが、同国が海外からの渡航者の入国制限を段階的に解除するにつれ、観光業セクター回復に伴いタイバーツへの需要が増大する可能性がある。タイ中央銀行は、直近の金融政策委員会の会合で3名のメンバーが現行政策の維持を支持し利下げに反対しており、当面は政策金利を維持するかもしれないとみられ、これが通貨へのさらなるサポート要因となり得る。一方、フィリピンペソについては、同国は観光業や世界貿易への依存度が低いこと、原油価格が低水準にあること、インフラ支出の鈍化に伴って同国の経常赤字が縮小していることから、堅調な推移が続く可能性が高いとの見方を維持する。

アジアのクレジット市場

市場環境

アジアのクレジット市場は大幅に上昇
6月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.25%縮小したことを主な要因として、月間リターンが2.08%となった。格付け別では、リスク・センチメントの改善を受けてハイイールド債がアウトパフォームし、スプレッドが0.74%縮小してトータルリターンが3.91%となった。投資適格債はスプレッドが0.13%縮小し、トータルリターンが1.55%となった。

月初は、米国や中国の経済指標が市場予想を上回って年後半に世界経済がより強い回復を見せるとの期待が強まったことを追い風として、リスク資産が大幅に上昇した。中国が香港への新たな国家安全維持法の導入を強行したのに対し、米国が落ち着いた対応を見せたことも、安堵感をもたらした。ECB(欧州中央銀行)が「パンデミック緊急購入プログラム」(COVID-19対策の資産購入プログラム)について、市場予想を上回る規模の増額を発表したこと、同プログラム下での純購入期間を最短でも2021年半ばまで延長したこと、元利金収入の再投資を行っていることも、政策セーフティネットのメッセージを強めることにより信用スプレッドの縮小に寄与した。しかし、月半ばにかけては、北京での局地的な流行に加え、米国の一部の州やブラジル、インド、インドネシアといった主要新興国における日次新規感染者数の継続的な増加を受けて、世界的なCOVID-19第2波の可能性に対する懸念が再燃したことにより、リスク・センチメントが悪化した。FRBが流通市場で社債を購入する制度「Secondary Market Corporate Credit Facility」の下で個別社債の直接購入を開始したと発表すると、リスク・センチメントはやや回復した。月後半のアジアの信用スプレッドは、一方では経済指標の上振れと政策による潜在サポート、他方ではCOVID-19関連の憂慮すべき展開という相反する力のあいだで市場が板挟みになるなか、概ねレンジ内で推移した。

当月は、ムーディーズがインドのソブリン債格付けをBaa3に引き下げるともに見通しを「ネガティブ」に据え置いた。フィッチは同国の格付けをBBB-に据え置いたものの、見通しについては「ネガティブ」に下方修正した。しかし、S&Pは、ポジティブ・サプライズとして、同国の格付けをBBB-に据え置くとともに見通しを「安定的」に維持した。こういったネガティブな格付けアクションや国境をめぐる中国との緊張の高まりにもかかわらず、インドのクレジットものは、月末にかけてやや弱含みながらも当月も引き続きアウトパフォームした。韓国のクレジットものは当月アンダーパフォームしたが、これは北朝鮮との一時的な緊張の高まりが嫌気されたというよりも、全般的にリスクオン環境となるなかで同市場の低ベータ性が反映された結果であると言える。香港のクレジットものもアンダーパフォームしたが、中国による新たな国家安全維持法の可決を控えた慎重ムードのなかにあっても、月末の信用スプレッド水準は依然前月末比で縮小となった。月末にかけて、S&Pは、香港のソブリン債格付けをAA+に据え置くとともに見通しを「安定的」に維持することを決定した。また同格付機関は、マレーシアのソブリン債格付けをA-に据え置く一方で見通しを「ネガティブ」に下方修正した。

6月は発行市場の活動が活性化
当月の発行市場では、計81件(総額351.2億米ドル)の新規発行があった。投資適格債分野の新発債は計47件(総額248.6億米ドル)に上った。これには、インドネシア政府発行のスクーク債(イスラム債)ディール(3トランシェで総額25億米ドル)、CNPC Global Capitalのディール(3トランシェで総額20億米ドル)、中国建設銀行のTier2資本証券ディール(総額20億米ドル)が含まれる。起債活動はハイイールド債分野でも加速し、月間の新発債は計34件(総額102.6億米ドル)となった。

アジア・クレジット市場の推移

今後の見通し

依然高水準にあるアジアの信用スプレッドは徐々に縮小する見通しも、下方リスクは残る
今後発表される2020年第2四半期の経済指標は、記録的な悪化を見せる可能性が高く、この兆しは僅かながら2020年第1四半期の数字にすでに表れている。2020年第2四半期および2020年前半の企業収益と信用ファンダメンタルズは、大幅な悪化が見込まれる。

とは言え、流動性注入と資金調達市場改善という中央銀行の断固としたアクションに加え、財政政策による大規模な景気支援策が、広範な企業倒産や持続的な高失業率、システミックな金融崩壊といった最悪シナリオは回避されたとの安心感を投資家に与えている。米国や一部の主要新興国ではCOVID-19の状況が悪化しているものの、欧州や東アジアでは感染者数の増加が抑制されていることが、世界経済が引き続き緩やかな回復に向かっているとの楽観ムードにつながっている。

アジアを含めて信用スプレッドは依然高水準にあり、縮小基調が続くと予想する。しかし、第2四半期に急速な縮小回復を見せた後であり、投資家心理が過去に類を見ない経済ショックを受けて依然不安定な状況にあることから、スプレッドは縮小ペースが鈍化するとともにありがちなあや押しに見舞われる局面も増えるだろう。

当社では、緩やかなスプレッド縮小というややポジティブな見通しを維持しながら、これに対する下方リスクを引き続き注視していく。認識されるそのようなリスクには、米国でのCOVID-19第2波や依然上昇しているインドやインドネシアの新規感染者数、ドル高の復活、当初急回復を見せたマクロ経済指標が6月分・7月分で大幅に鈍い回復を示す可能性、米中間の緊張激化、香港から生じる地政学的懸念が含まれる。

当資料は、日興アセットマネジメント アジア リミテッド(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに、日興アセットマネジメント株式会社が作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社および日興アセットマネジメントのファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社および日興アセットマネジメントが保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社および日興アセットマネジメントのものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。日興アセットマネジメント アジア リミテッドは、日興アセットマネジメント株式会社のグループ会社です。