神山解説

  • 2021年6月22日

vol.17 企業統治と資本主義のこれから



企業とマルチ・ステークホルダーとの関係

企業は「誰かのもの」ではない。例えば、10%を保有する株主が会社にやってきて、「この会社の机と椅子の10%は自分のものだ」と言って持って帰ることはできない。同じように経営者も従業員も顧客や取引先も持って帰ることはできない。机も椅子もその法人のものだ。米国で問題になった「株主至上主義」は歴史的には80年代ごろからのM&Aの大ブームで、会社を売買するようになって明確になってきた。それまでは経営者の「良き市民」という立場が期待されたが、経営者自身の楽しみ(プライベートジェットの私用など)が問題となり、M&Aの当事者だけでなく、株主たちも自分たちの利益を正しく追及できるようにしてきた。

しかし、米国を中心にこの考えが見直されるようになった。企業経営者の集まりである「ラウンドテーブル」や、2020年1月のダボス会議などで、米国はじめ各国の経営者たちが「ステークホルダー資本主義」を唱えたからだ。しかし、彼ら経営者の趣旨をよく見ると、企業が株主の利益を目的として行動すること自体を否定したのではない。一部の株式投資家と経営者が陥りがちだった「短期主義」を避け、企業が長期的に価値を生み出し続けるように(存在し続けるのではないことに注意)、ステークホルダーとの関係を重視し、より良い未来の社会を作ることと矛盾がないようにしていこうとする考え方だ。

経営者が各ステークホルダーに配慮し利害を調整することは、株主とパイの取り合いをすることではない。すべてのステークホルダーである、マルチ・ステークホルダーが良い状態になるほうが、企業がより高い価値を生み出せるという考え方だ。

マルチ・ステージのイメージ

 

日本における企業統治の課題

東芝の取締役選任についてたくさんのニュースが流れるなど、日本企業にガバナンスの観点から「モノ言う株主」の存在とその手段である議決権行使や独立取締役の役割などが話題になっている。一方で、いわゆる「東証一部」などの市場区分がなくなり、プライム、スタンダード、グロースに分かれることになるのにあたって、プライム市場のステータスを得たい企業は、取締役の3分の1以上を社外取締役にする、などの基準が適用されることになる。2021年6月の上場企業の行動原則「コーポレート・ガバナンスコード」の改定(当初2015年に金融庁と東京証券取引所が策定)が、上場基準にも影響するようにもなっている。

そもそも、国によって問題の所在が異なる。日本では伊藤レポート(2014年の伊藤邦夫一橋大学教授(当時)のリードする経済産業省の報告書)が、「日本企業の利益率が世界主要国と比較して低い」ことを社会からの課題として企業に提示した。英国では、当時「ケイ・レポート」が「短期主義」を問題としていたのだが、日本での課題は「稼ぐ力」の不足であり、この改善が安倍政権下で「第三の矢」のひとつとなった。

また一方で、投資家も企業へのコミュニケーションを通じて「稼ぐ力」を求めていくことが期待された。投資と対話を通じて企業の持続的成長を促すために「責任ある機関投資家」としての諸原則をまとめた「日本版スチュワードシップ・コード」はコーポレート・ガバナンス・コードに先駆けて2014年に作られている。しかし、正直なところ、その成果は十分に表れていない。日本企業の平均的なROE*は、伊藤レポートの目標であった8%程度に到達したのだが、世界主要国のROEの平均的な水準には達したとは言えない

取締役会のイメージ

*ROE(Return on Equity):株主資本利益率。株主資本に対する当期純利益の割合。株主が投下した資金に対して企業がどの程度利益を上げたかの指標になる。

※上記銘柄について、売買を推奨するものでも、将来の価格の上昇または下落を示唆するものでもありません。また、当社ファンドにおける将来の銘柄の組入れまたは売却を示唆・保証するものでもありません。

企業統治が株価にあたえる影響 ~神山解説

現時点で、政府の審議会などを通じて、社会が日本企業に要請したのは、世界の主要企業と十分に戦える「稼ぐ力」である。日本企業は、利益率そのものが高くなくとも生き残れている、あるいは従業員や顧客と分け合って長生きしているという考え方もあるが、それは一種の鎖国的な満足でしかない。世界経済のリンクが強まる中で、いわゆる同業他社が「同じ程度の事業リスクで、より高い利益を上げている」のだから、日本企業の生き残る場所は小さくならざるを得ない。我々はこのような経済を子供に残していくことを適切と思うべきではない

『企業統治』という概念は難しいように聞こえるが、要するに、企業は経営者や従業員がとりあえず満足するために行動するのではなく、社会の要請を主に議決権を持つ株主を通じて取りこみ、価値を生み出す経営行動をとらねばならない。株式会社中心の資本主義経済では、このメカニズムが重要だ。社会の要請が環境を改善することであるとしても、それを株主が理解し、社会と経営をつなぎ、Win-winの関係の中から企業が生み出す価値を増やす行動につなげていく。

社会とのつながりの中でもっともよい経営を進めれば、企業が生み出す経済的価値が高まり、現時点で企業価値を予想して取引する「株価」が高くなる傾向が続くだろう。平均的な企業の稼ぐ力がまだ足りないことが課題とすれば、企業統治を通じて経営者と株主が適切に影響を与え合い、マルチ・ステークホルダーに配慮することで最大の価値を生み出そうとすることで、解決に向かうだろう。



神山直樹

<解説者>
神山直樹(かみやま なおき)

日興アセットマネジメント チーフ・ストラテジスト
2015年1月に日興アセットマネジメントに入社、現職に就任。1985年、日興證券株式会社(現SMBC日興証券株式会社)にてそのキャリアをスタート。日興ヨーロッパ、日興国際投資顧問株式会社を経て、1999年に日興アセットマネジメントの運用技術開発部長および投資戦略部長に就任。その後、大手証券会社および投資銀行において、チーフ・ストラテジストなどとして主に日本株式の調査分析業務に従事。

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