神山解説

  • 2021年11月24日

vol.22 企業の『自社株買い』ってどんなこと?



投資家にとっての意味

アメリカではリーマン・ショック以後、日本も近年自社株買いを行う企業が増えています。株主にとっては、配当金と同様に株主への利益の還元です。株価に一時的な影響を与えるに過ぎないという誤解もあるようですが、自社株買いは、企業価値が下がらないようにするための重要な施策です。自社株買いと配当の違いを「投資家にとっての意味」と「企業にとっての意味」でそれぞれお話しします。

自社株買いはリーマン・ショック後に企業が稼ぐ機会が減った中、特にアメリカの株価にとって重要な役割を果たしてきました。
日本では、株主還元が不足したことが資金の目詰まりを引き起こし、デフレ傾向を強める理由にすらなっています。株主への還元は株式会社中心の資本主義ではとても大切な仕組みです。まず、株主と個別企業の問題を考えてみましょう。会社は今期の利益を配当(自社株買い)と来期の資本への繰り込みに分けます。つまり配当や自社株買いをしなかったお金は会社が翌期以降の儲けを得るための投資に使うためにあるのです。翌期にこれまでと同じ売り上げと利益の額しかあげられないのであれば、還元しなかったお金は売り上げを生み出せない「非稼働資産」となって死に金になってしまいます。


これはROE(株主資本利益率)で言えば、分子の利益は前年と同じ、分母の資本は非稼働資産分増えるのでROE低下をもたらします。この場合のROEの低下は、株主にとって「還元しないで良いから成長機会に投資して」という願いを踏みにじるものです。逆に言えば、アメリカ企業が熱心に自社株買い(配当でもいいが)で株主還元をするのは、リーマン・ショック後(十分な成長機会がないため)利益を注ぎ込んで事業を拡大する企業が少ないことを意味しています。その点は市場が懸念しています。


しかし、日本の場合、企業も株主も十分にこのメカニズムが分かっておらず、リーマン・ショック後のデフレ懸念の中で、利益の⼀部を既存の設備のメンテナンスに回すだけで新規投資をせず、残りは現⾦として溜め込んできました。東証1部の半数以上の企業がネットキャッシュ(負債を全部返しても現金が余る)状態にあります。日銀が量的緩和でお金を流し込もうとしても、企業が現金で余らせてしまえば、お金の回転はさがり経済は不活発になります。還元で株主が消費に使う方が良いわけです。投資家は、投資先の企業が適切な程度に成長機会に設備投資し、それ以外は還元しているか常に監視する必要があるのです。

企業の自社株買いってどんなこと?

 

企業にとっての意味

企業がなぜ配当・自社株買いをするべきかは「投資家にとっての意味」で述べました。アメリカ企業はあまり配当せず自社株買いをする傾向にありますが、その理由は、個人投資家が税金面で(多くの場合)配当で受け取るより自社株買いが得だと思うからです。

日本ではキャピタルゲインでも配当でも税率は同じで他の所得から分離されるので、どちらでも良いことになります。しかし、企業にとってもう一つの懸念が、利益が上がって増配できても利益が下がって減配すると評判が悪くなることです。実は、投資理論では、配当性向(利益のうち配当で払い出す比率)を前もって決めておいて、増益なら増配、減益なら減配とするのが、投資家にとって良いとされています。

しかし、日本でもアメリカでも経営者は減配で評判が傷つくと心配します。減配をする会社は、資金繰りが悪くなったと勘違いする人が多いからです。そうなるとそもそも減配したくないから増配したくない、という気持ちが生まれます。そこで、利益より少ない額しか投資しないことにした企業は、自社株買いを選びます。いかにも一時的な株主サービスであって継続的ではないというアナウンスメントで、未来に期待させ過ぎないようにするのです。一方で、本当は自社株買いしたいのに、市場の流動性が低くて十分できない企業もあります。その場合、記念配当などで一時的だという雰囲気を出したくなります。本来正しいことがなかなかできないという状況は日米共通しているようです。

また、社債を発行して自社株買いをする企業もあります。これを批判する人もいますが、企業の状況によっては適切です。最初にこれを試した(負債がほとんどなかった)企業の目的は、会社従業員に危機感を持たせるためだったそうです。転換社債を使って、利益を出して株価を上げることで(転換によって株数が増えても)株主の期待に応え、利益が出なくて株価が上がらない場合は転換が進まず負債を返済するケースもあります。これも条件設定によりますが株主に良いデザインであることがあります。

企業は成長するなら株主還元しない、成長しないなら株主還元するべき ~神山解説

投資先の企業が「成長機会が少ないので、お金を還元することで企業としての価値を維持する」ときに自社株買いは現れます。その際、株価が上昇して見えますが、突き詰めれば、「横ばい」です。新規事業への投資など別のことに使ってくれたらもっと将来株価が上がったかもしれないともいえます。


自社株買いではなく、投資家に増配してくれれば現金が手に入るのですが、減配を嫌う人が多いことで、「一時的」であることを強調する自社株買いが選ばれやすいということです。自社株買いと配当は本質的には同じです。自社株買いで株価が上がっても、投資家が株式を売らなければ還元は実現できません。自社株買いの後、別の理由で株価が下がれば還元がなかった事と同じになるので、買われて上がった分の比率に応じて売却して現金にするのが「筋」です。しかし単位株しか保有していなければそんな細かい売買はできません。自社株買いは素直に喜ぶほど素敵なことではないですが、適切な株主還元がないと株価が下落トレンドになる可能性があるため、株主還元が適切な水準なのか注意しましょう。株主還元が足りないと、長期的にROEが低下、PERが低下を続けるというシグナルが出ます。企業もそれに気づくと自社株買いを行ったりします。


自社株買いとは企業が株価が割安だから買うことだ、という説明もあり間違いではありませんが、適切な表現は、企業が株価を割安にしてしまったから修正する、ということなんです。自社株買いは一時的に株価を持ち上げる手法ではなく、利益と翌期以降の投資の適切なバランスを取るため(無駄なく成長するため)の方法です。株主還元は企業や株主の気分でやるものではなくて、未来の事業を正しく見極めて適切な額を決めた結果として行われるべきです。成長するなら還元しない、成長しないなら還元する、還元された分は未来の上昇を諦めた分だと思いましょう。成長も考えないのに還元もしない会社は、株主だけでなく経済全体に対して本来あるべき責務を果たしていないことを投資家はよく知っておいてほしいです。





神山直樹

<解説者>
神山直樹(かみやま なおき)

日興アセットマネジメント チーフ・ストラテジスト
2015年1月に日興アセットマネジメントに入社、現職に就任。1985年、日興證券株式会社(現SMBC日興証券株式会社)にてそのキャリアをスタート。日興ヨーロッパ、日興国際投資顧問株式会社を経て、1999年に日興アセットマネジメントの運用技術開発部長および投資戦略部長に就任。その後、大手証券会社および投資銀行において、チーフ・ストラテジストなどとして主に日本株式の調査分析業務に従事。

【最新のマーケット解説はこちら】
KAMIYAMA Seconds!90秒でマーケットニュースをズバリ解説


■当資料は、日興アセットマネジメントが情報提供を目的として作成したものであり、特定ファンドの勧誘資料ではありません。また、弊社ファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。なお、掲載されている見解および図表等は当資料作成時点のものであり、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。
■投資信託は、値動きのある資産(外貨建資産には為替変動リスクもあります。)を投資対象としているため、基準価額は変動します。したがって、元金を割り込むことがあります。投資信託の申込み・保有・換金時には、費用をご負担いただく場合があります。詳しくは、投資信託説明書(交付目論見書)をご覧ください。