想像していなかった日本銀行のETF貸出検討

4月24日から25日に行われた日本銀行の政策委員会・金融政策決定会合では、ゴールデンウイークの10連休前であることもあり、市場のコンセンサスとしても、特段、目新しいことは出てこないと思い込んでいました。

4月25日、午前中の外出から会社に戻ってきたところ、当社の広報部長から電話がかかってきました。それは「日銀の政策決定会合で保有するETFを市場参加者に一時的に貸し付けることを可能とする制度の導入を検討することが決定されたことの発表を受けて、マスコミからの問い合わせ対応をしてもらえないか」ということでした。

その後、数件のマスコミからの電話でのお問い合わせをいただき、社内の問い合わせに対応して、また、ツイッターでつぶやかれている内容を見て、ETFの運営・発行者、ETF市場の発展・成長を願う立場としての受け止め方をお伝えしたいと思います。

念願の日本銀行のETF貸出

日本のETF貸借市場が活発でないことがETFの流動性向上の阻害要因になっていることに気付いて、2010年12月以降、ETF保有残高を増やしつつある日本銀行にその保有ETFの貸出のお願いを東京証券取引所の役員の方にしていただくようにお願いしたことがありました。2013年12月、東京証券取引所の方とETFの説明に横浜に行ったときに、その方から日本銀行は金融政策以外に保有ETFを使うことはできないと断られた旨を聞いた時のことを今でも鮮明に覚えています。以降、日本銀行の方々にお会いしたときには、可能な限りETFの貸出をお願いし続けました。また、日本銀行がETFを貸出してくれないなら、ETFが保有している株式バスケットを日興アセットが借りて、その株式バスケットをETFに拠出してETFを設定して貸し出すことはできないか(これは金融商品取引法上抵触して駄目でした)といったことをはじめ様々な案を検討したこともありました。なかなか妙案がないなかで、今回の日本銀行の発表は本当にうれしいものでした。

日本のETF市場の問題

2016年の金融審議会の答申を受け、ETFの流動性改善に向けて、2018年7月から東京証券取引所ではETFのマーケットメイク制度が導入されています。これは、東京証券取引所に指定を受けたマーケットメイカーと呼ばれる市場で流動性を提供することを主たる目的とした市場参加者が、市場で一定の条件以上の気配値を提示し値付けを行う義務を負う代わりに、マーケットメイクをするとしたETF銘柄については空売り規制の適用除外となり、売買代金に比例する報償や、東京証券取引所の接続料の一部免除等を受ける制度です。実は、この制度がスタートする前から指定参加者と呼ばれるETFの販売会社や海外のマーケットメイク業者がETFのマーケットメイクをしていました。しかしながら、このマーケットメイクをする人たちにとって日本のETFには困る点がいくつかありました。それは、①ETF各社でETFの設定・解約(交換)事務がばらばら、②ETFの売買と設定・解約(交換)の決済期間が合っていないことによる問題です。

マーケットメイクとETFの売買と設定・解約(交換)の決済期間

本件はETFの様々な問題の元凶になっていますが、決済期間の問題に絞りこみます。また、当社の現物拠出型ETF(上場225(1330)上場TOPIX(1308))を念頭に置いて説明をします。

ETFを取引所で売買すると約定日から4日目(T+3、2019年7月からは3日目、T+2)で受渡決済をします。マーケットメイクをする人がETFの投資家の買付に応じて売ったとすると、4日目(T+3)までにETFを用意しないと決済ができない状態、フェイルとなってしまいます。そこで、ETFを設定して受渡をしようとした場合、同日にETF設定のための株式バスケットを買付けますが、その株式バスケットが手元に来るのが4日目(T+3)になり、そこからETFの設定申込をして株式バスケットを受け渡してETFを受け取れるのが5日目の午後になります。ETFの売買日がETFの設定申込が受け付けられない日であればETFを入手できる日がさらに遅くなります。マーケットメイク(ETF売却)をしてから当日中に当該ETFが買えない場合、ETFを設定しに行っても受渡決済に間に合わせることができなく、フェイルしてしまいます。そのためETFのマーケットメイクをする人は、あらかじめETFを在庫として保有しておく必要があるのですが、その場合、保有のための資金調達コスト、価格変動リスクをヘッジするために先物やETFの構成銘柄を借りて来て売るためのヘッジコスト(売買コストや借入コスト)が必要になりますし、そういったポジションを抱えるリスクに対する受け皿となる一定の資本も必要になります。そのため在庫の量は無尽蔵に増やせないので、突然の大きな単位の買付注文には対応ができないということになります。

ETF貸借の効用

このようなときにETFを借りることができれば話が違ってきます。十分な量のETFが借りられれば、マーケットメイク時にETFを売却、借り入れて受渡決済を済ませたあとに設定したETFで借り入れを返済するということが可能になります。このような環境下であればETFのマーケットメイクをする人はETFの在庫を持たなくともマーケットメイクが可能になります。そうするとETF在庫を持つコストが無くなりますので、マーケットメイク時の売買スプレッドをタイトにしても採算が合うようになります。

もしETF貸借が活発であれば日本銀行がETFの貸出をしなくてもいいのですが、日本銀行以外の主要なETF投資家、銀行を中心とした金融機関は、なかなか保有ETFを貸し出してくれませんでしたので、事実上、ETFの貸借市場が無いというような状況でした。その理由としては、(ア)貸出相手の信用状況を管理するのが難しい、(イ)機動的にETFを売買したいのでETFをすぐ売れる状況にしておきたい、言い換えるとフェイルは絶対できないので、貸出ETFを回収してから売却するようであればタイミングを逃す、(ウ)ETFの貸出中にETFの分配金を受け取るようなことになった場合、分配金が利息配当金勘定で計上するのがその他収益勘定になってしまう(金融機関は利息配当金の確保に必死)というものが代表的なところになります。

改良、進化が続く日本のETF市場と日本銀行のETF貸出検討

マーケットメイクをする人たちにとって日本のETFには困る点がいくつかあると指摘した「①ETF各社でETFの設定・解約(交換)事務がばらばら」に関してですが、東京証券取引所・日本証券クリアリング機構が2020年4月にはETFの設定・交換申込の電子プラットフォームを稼働させる予定です。メール等で行っていた各社ばらばらの設定・解約(交換)事務が統一され、効率化されます。また、ETFの売買と設定・解約(交換)の決済期間・時限が合っていないことに関して、2021年1月には新しい設定・解約(交換)フローに移行し、ETF売買の決済(3日目受渡、T+2)とETFの設定・解約(交換)の受渡決済(3日目受渡、T+2)がシンクロするようになる予定です。マーケットメイクをする人が、ETFを売却するのと同時に株式バスケットを買付け、ETFの設定申込も同日にしておけば、受渡決済日(3日目受渡、T+2)に入手した株式バスケットをETFに拠出してETFを受け取るということが可能になり、そのETFでETF売却の決済にあてるということが可能になります。このようにみると、2021年1月以降はETF貸借の有用性が無くなるように見えますが、そうでもありません。日本の株式市場の特徴として、寄付と引けに売買が集中、特に引けに集中します。その引けぎりぎりに、突然、まとまったETFの買い注文が入ったような場合、ETFの設定申込時限も3時になっているので業務的にタイトでオペレーションミスのリスクも高まると考えられます。その場合、ETFを売って、先物を買い、受渡は借りたETFで決済することとし、売買の翌日以降に先物を売却して株式バスケットを買付け、その株式バスケットでETFを設定して借入ETFを返済するとしたほうがミスの少ない対応が可能になると考えられます。また、ETF設定の最小単位は、上場225(1330)で6億円強、上場TOPIX(1308)は33億円強(2019年4月25日現在)になりますので、ETF売買の単位と合わないので、その差分を調整するのにもETFの借り入れができればたいへん便利です。やはり受渡しのつなぎ役としてETFの貸借の有用性は変わりません。

これからの日本のETF市場

外国の人はETFを取り巻く環境をエコシステムと言っていますが、以上、ご説明させていただいたようにそのエコシステムが日本銀行のETF貸出で大きく改善されることと期待できますので早い実施が望まれます。これを見た金融機関も保有ETF、特に日本銀行が保有していない銘柄の貸出を期待したいところです。そして2020年4月予定のETF設定・交換プラットフォーム稼働で指定参加者(ETF販売会社)の事務の合理化が進み、ETFの設定・交換フローが見直される2021年1月以降は指定参加者(ETF販売会社)及びマーケットメイクをする市場関係者にとって米国市場並みにマーケットメイクをしやすい環境になるはずです。投資家にとって使いやすくなるインフラの整備が進みます。今度はETFの発行会社が投資家にとって魅力のある、良いETFを組成・上場させることが日本のETF市場の発展につながります。

これからも気を引き締めて既存ETFの改良から新ETFの開発をして行きたいと思います。引き続き日興アセットのETF、上場インデックスファンドシリーズを宜しくお願いいたします。