【体で経験した流動性】

1988年、銀行の株式運用部署に配属された私は、株式を学ぶため、銀行と親密な証券会社に研修生として派遣されました。まずは東京証券取引所(以下、東証) の株式取引フロアで株式売買の執行をする「場立ち」として、資産運用関連ビジネスのキャリアをスタートさせました。

当時はバブルの時代で、企業の含み益、特に不動産の保有で株式が人気化するような相場環境でした。ある日、株式売買の状況を集約した鉄鋼株の板を眺めていたときのことです(この状態を板に張り付いているので「かまぼこ」と呼びます)。大手証券会社の場電(証券会社のトレーディング部署と取引所の立会場の連絡員)が動いたかと思うと、各社の体の大きな場立ちが一斉にこちらに走って来ます。30人くらいは集まっていたと思いますが、押し合いになりました。私はというと、その鉄鋼株の板のあるブースと多くの人に挟まれて、ずりずりと体が持ち上げられ足が浮いたのを覚えています。週末、胸が痛くて見てみたら、痣ができていました。

その鉄鋼株ですが、大手証券会社から大口の買い注文が入ったので、フロアトレーダーが自己ポジションで買付をしようと鉄鋼株の板に殺到したのです。他者に追随して売買する「提灯買い(追随買い)」と呼ばれるものですね。

押しては引いてゆく波のような流動性について身をもって経験したのは強烈な記憶となっていますが、それから30年経った今もこの流動性に向き合い続けています。

【ETFの流動性】

度々、議論になるのがETFの流動性です。ETF自体の取引所における売買が低調で流動性が無くとも、ETFの中に組み入れられている資産に流動性があれば、ETFの流動性はマーケット参加者(指定参加者やマーケットメイカー)によって、原則、流動性が提供されます。しかしながら、非上場投信の制度を流用した日本のETF制度では、ETFの市場取引(流通市場)とETFの追加設定・解約(交換)(発行市場)の連携がスムースではなかったことから、前回のコラム「No.54 進化する日本籍ETF〜日本証券クリアリング機構(JSCC)のETFの設定・交換の決済に係る清算制度」でもご紹介した2016年12月の金融審議会の市場ワーキング・グループの報告書の方針に沿って大きな制度改革が進められ、また、市場関係者の改善努力によってETF自体の流動性が改善されて来ています。

過去行われてきたそれらの改善を列挙してみます。

【ETFの流動性改善策】

●毎日のETF保有銘柄の開示
基本、ETF運用会社各社は、市場取引者がETFの正しい市場価値を推定し、売買するために必要な情報をホームページで開示します(開示していない会社もあります)。一部銘柄では東証のホームページからも入手可能となっています。

●英語の目論見書やETFの設定・解約(交換)フロー解説
ETFの東証での取引シェアの60%が外国人になっており、その大部分が海外のメーケットメイカーです。英語での情報提供は、彼らが日本のETFを理解し、売買するのにあたって必要な情報になります。現在、ETFの設定・解約(交換)の申込手続が日本証券クリアリング機構のプラットホームに統一されたことから、以前よりは重要性が低下しています。

●ETFの設定・解約(交換)単位の小口化
指定参加者やマーケットメイカーがETF売買を行い、その売買によるETFの過不足を設定・解約(交換)で調整しますが、ETFの設定・解約(交換)単位が大きいと、ETFの在庫保有高が大きくなってしまい、結果、ETF売買に参加することに及び腰になってしまいます。

●東証のマーケットメイク制度導入
2016年12月の金融審議会の市場ワーキング・グループの報告書の方針に沿って2018年7月に導入されました。東証に指定を受けたマーケットメイカーは、気配提示義務を履行することで、インセンティブ(報酬)を得ることができます。マーケットメイカーが気配提示義務を履行することによって、対象のETFに対して、需給動向を踏まえた公正な価格で、十分な量の気配が提示されることになり、投資家の皆様が売買をしたいタイミングで、より良い価格で売買する環境を提供できるようになりました。

●日本銀行のETF貸出
2020年4月から日本銀行がETFの貸出をしています。これによりETFの設定・解約が出来ないタイミングでも、ETF売買をして、期日までにETFを借りて決済をすることが可能になり、市場参加者が安心してETF売買ができる環境整備に役立っています。

●日本証券クリアリング機構のETF設定・交換プラットホーム稼働
2020年4月から稼働しました。従前はETF運用会社各社でまちまちだった業務手順が統一され、ETFの設定・解約(交換)に伴う事務リスクが低減しました。

●日本証券クリアリング機構のETF清算制度
前回のコラム「No.54 進化する日本籍ETF〜日本証券クリアリング機構(JSCC)のETFの設定・交換の決済に係る清算制度」でご説明させていただいていますが、2021年1月からETFの設定・交換受渡に日本証券クリアリング機構の保証が入り、株式売買の清算制度にETFの設定・交換が組み込まれることによって株式・ETFの受渡でネッティングが可能となりました。これにより市場参加者の未決算残高が圧縮され、さらに積極的にETF売買を行える環境が整備されました。

●東証のCONNEQTOR(RFQプラットホーム)稼働
RFQというのはRequest for Quotationの略で、投資家が証券業者・マーケットメイカーに売買したい銘柄の気配値を要請することを指します。これを電子的なプラットホームで効率的に行えるようにしたもので、立会内市場では成立し難い大口取引の円滑化のために2021年2月から導入されました。

【2021年11月29日から東証のETFの呼値の刻みが変わります】

振り返ると、このように様々なETF流動性改善のための施策が実施されてきました。そして、2021年11月29日から東証のETFの呼値(ティック)が、原則として全銘柄にTOPIX100構成銘柄に適用されている呼値の単位を適用することになります。価格の刻みが、従前と比較すると10分の1から5分の1と細かな刻みになり、価格の付き方が滑らかになるものです。

参考:呼値の単位

※日本取引所グループのサイトに移動します。

当社は2009年9月、日本籍ETFでは初の債券ETF「上場インデックスファンド海外債券(FTSE WGBI)毎月分配型(1677) 」を組成・上場させていますが、債券ETFは株式ETFに比較すると値動きがマイルドなので、呼値の刻みを細かくできないかという要望を東証に出したことがありました。東証や東証で取引をしている証券会社のシステム改修の負荷から簡単にはできないということになった件でした。頭の体操で、「50百万円超の呼値が10万円で固定」となるので、ETFの値段を100億円にすれば10万円の呼値の刻みが相対的に小さくなると考えましたが、あまりに現実的でない発想に嫌悪を感じたことがありました。そんな課題が12年の歳月を経て実現することとなったことには、ETFを取り巻く環境が大きく変わってきたのだと思います。

東証をはじめ、市場関係者は継続的にETF市場の改善に取り組んでいます。文中で紹介した「毎日のETF保有銘柄の開示」や「英語の目論見書やETFの設定・解約(交換)フロー解説」「ETFの設定・解約(交換)単位の小口化」を当社は率先して行い、投資家の皆様に使いやすいETFを提供するべく日々活動を行っております。

引き続き日興アセットのETF、上場インデックスファンドのご愛顧をよろしくお願いいたします。