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【上場インデックスファンドTOPIX(1308)の設定バスケットの受渡にフェイルが発生!】

2021年5月25日、上場インデックスファンドTOPIX(1308)の設定バスケットの受渡にフェイルが発生しました。1銘柄、市場の最小売買単位株数のフェイルですが、2021年1月18日から日本証券クリアリング機構(JSCC)のETFの設定・交換の決済に係る清算制度(ETF清算制度)がスタートして、当社として初の事例です。

参考:フェイル(証券決済未了)

※日本証券クリアリング機構のサイトに移動します

フェイルが発生して、事務や受託銀行の方々は初の事例で緊張感があったと思いますが、制度に則って、JSCCから担保金を受け取って株券が未収のまま設定を進め、滞りなくETFの受益権を発行しています。また、翌日にはその株券の受渡も完了しています。

用意された制度、また準備していた業務処理がきっちりと実践されてほっとすると共に、日本のETF制度も進化して、取引の安全が確保されてきたなと感慨深く思いました。

【ETF清算制度スタート前】

JSCCのETF清算制度がスタートする以前は、もし、設定バスケットの受渡にフェイルが発生したら、設定の申込を取り消さざるを得ないこととなっていました。もし設定をあてにして、その設定分の受益権が売買されているとすると連鎖フェイルが発生する可能性も高かったのです。

何年か前のことですが、ある証券会社からの上場インデックスファンドTOPIX(1308)の設定申込で、ある銘柄の株券の受渡がフェイルしそうになったことがあります。朝一番の受渡が滞ることは、ちょくちょくあるのですが、お昼を過ぎても受渡が完了しないのは異常事態と思い、その証券会社に執拗に連絡を入れて、受渡をしてもらって事なきを得たことがありました。後日、聞いたのですが、この証券会社は当社のTOPIX ETF、上場インデックスファンドTOPIX(1308)以外の他社のTOPIX ETFも設定の申込をしていて、他社のTOPIX ETFの受渡はフェイルしてETFの設定申込が取り消されたと聞きました。

日本のETFを含む証券投資信託は、信託のスキームをベースに成り立っています。ETFを含む証券投資信託の信託契約が要物契約であり、信託財産が信託に入らなければ設定をしないという考え方だったからです。

【ETFを取り巻く環境に合わなくなった旧来の信託の考え方】

信託契約がいつ効力を生ずるのか信託法理上の議論があります。ETFを含む証券投資信託の信託契約が要物契約なのか諾成契約なのかという議論です。要物契約は信託に信託財産が入ったときに信託契約が効力を生じ、諾成解約は信託契約の当事者(運用会社(委託会社)と受託銀行)が合意したときに信託契約の効力が生ずるというものです。ETFを含む証券投資信託業界では、信託財産の保全を考え、信託法の改正後も要物契約的に実務が行われてきました。

しかしながら、ETFは機動的に売買される金融商品です。そのためETFの追加設定において追加の信託契約を発生させるのに信託に信託財産が入ってからとすると、どうしてもETFの売買が遅くなってしまいます。ETFの設定申込をして、ETFの受益権が来るのをあてにして売却した後、ETFの設定受渡でフェイルをしてしまって、その設定が取り消されてしまうと、ETFの売却もフェイルしてしまいます。フェイルをすると懲罰的なフェイルチャージがかかります。そのためETFの設定が確認されてから売買をするということになりがちです。そのようなフローを取ると、ETF設定のための株式バスケットの準備で、当時の受渡サイクル(T+3決済時)で言うと、株式バスケットの買付日から3日かかり、そこからETFの設定申込をするとETFの受益権を受け取るのに、さらに1日かかることになります。ETF売却の準備に合計4日かかることになり、ETFの設定・解約不可日にあたるとさらに延びることがあります。最短の4日というのでも非常に大きな時間的ロスになります。リーマン・ショック以前の証券会社が潤沢に売買有価証券の在庫を持てていたときはETFも相応に在庫を保有して売買を行っていたのですが、リーマン・ショック後の諸規制強化で在庫保有が難しくなって、その役割をマーケットメイカーが担うようになります。しかしながら、マーケットメイカーはその財務構造上の制約から多額の在庫を保有することができません。このような環境下、ETF売買の流動性を上げることが難しい状況にありました。

【ETFを取り巻く環境整備へ】

2016年12月に公表された金融審議会の市場ワーキング・グループ報告書で、「ETFは国民の安定的な資産形成に向けて本来有用な投資商品と考えられる。(略)ETFの流動性の向上が重要な課題となっている。(略)ETFに係る価格調整メカニズムを円滑化し、流動性の向上を図る観点からは、関係者が協力し、ETFの設定・交換に係る期間(現行:T+4~T+6)を短縮すべく、手続きの効率化に向けた検討を行うことが適当である。」とされ、JSCCのETF清算制度導入の方向性が示されました。

参考:金融審議会 市場ワーキング・グループ 報告~国民の安定的な資産形成に向けた取組みと市場・取引所を巡る制度整備について~(平成28年12月22日)(PDF)

※金融庁のサイトに移動します

その後、多くの検討を経て2021年1月18日にJSCCのETF清算制度が導入されたのでした。

JSCCのETF清算制度はどのようなものかと言うと、ETFの設定・交換(解約)申込をする指定参加者(証券会社)とETF(運用会社(委託会社)と受託銀行)の間にJSCC=中央清算機関が入ることによって、株式バスケットやETF受益権の受渡を保証するものです。これにより株式バスケットやETF受益権の受渡のフェイルが発生しても、現金担保を受け取ってETFの設定・交換(解約)を進めることができるようになったのです。ETFの信託契約が諾成契約へと進化したと捉える人もいます。

さらに、指定参加者(証券会社)にとっては、ETFの設定・交換(解約)を他の株式売買の受渡とネッティングすることも可能になり、ETF取引参加のハードルが下がることになりました。

【ETF清算制度スタート後】

JSCCのETF清算制度導入後に具体的にどう変わったかと言うと、ETFを売りたいマーケットメイカーは、ETFを売ると同時にETFの設定バスケットを買い付け、その日(T)にETFの設定の申込を行うことが可能になりました。

T+2日(決済日)に、T日に買い付けたETFの設定バスケットと交換でETF受益権を受け取り、そのETF受益権でETF売却の決済を行うのです。買い付けたETFの設定バスケットのなかにフェイルが発生してもETFの設定が取り消されることは無いので、ETF売却の決済は大丈夫です。ETFの設定が取り消されてETFの売り渡し決済がフェイルするとETF売却の全額にフェイルチャージがかかりますが、これが無くなるのは大きな意味があります。また、設定バスケットのなかの渡せなかった株式の買付代金は手元に残っているので、これをJSCCに担保として提供できます。株式を渡せなかったことによるフェイルチャージを払うことになりますが、株式の売手から同額のフェイルチャージが入って来ますので経済的なマイナスは発生しないことになります。

さらにこの反対の取引はどうかと言うと、ETFを買ったマーケットメイカーは、同時にETFの交換(解約)の申込をして株式バスケットを売却したいところです。しかしながら、交換でETFから受け取る株式バスケットの個別銘柄の株数がぶれるリスクがあります。ETFの受益権の価値と株式バスケットの価値が同じになるように交換するのですが、ETFから払い出す株式は取引所取引単位で出します。大方の現物型ETFでは、交換申込日の夜に発行されるETFの交換計算書の明細を見ないと正確な株数が分りません。なのでETFを買って、すぐに株式バスケット全部を売ろうとすると個々の株式売買で過不足が発生することがあります。このためにETFを買ったマーケットメイカーは同時に先物の売り建てでヘッジし、同日、ETF交換申込をします。そしてETFの交換計算書の明細で株式株数を確認してから(ETF交換申込の翌日以降に)、その株式バスケットを売却すると同時に売り建てている先物を買い戻します。JSCCのETF清算制度導入前では、株式バスケットを売却したいマーケットメイカーはETFを買うと同時に先物の売り建てでヘッジし、同日にETFの交換申込をすると、仮に買ったETFがフェイルした場合、ETFの交換申込でETFの受渡がフェイルし、また株式バスケットが入手できないので株式バスケット売却がフェイルすることになります。これを避けるには、買ったETFの受渡が終わってからETFの交換申込を行う必用性がありました。機動的に売買しようとするとフェイルのリスクが大きく、これを避けるとオペレーションにかかる期日が長くかかることになります。JSCCのETF清算制度導入後では買ったETFがフェイルした場合で、ETFの交換申込でETFの受渡がフェイルしても、交換の株式バスケットが入手できるので株式バスケット売却がフェイルすることはありません。また、買ったETFのフェイルで入るフェイルチャージで交換申込のフェイルチャージを賄えることになります。このようなことから、安心してETF及び株式の売買を行うことができるようになったのです。


今回のコラムは、一般のETF投資家には、あまり意識しないETFの細かな裏側のお話かもしれませんが、ETFの重要なポイントである市場流動性に繋がる事項です。

日本証券クリアリング機構(JSCC)のETFの設定・交換の決済に係る清算制度(ETF清算制度)の導入により、日本籍の現物型ETFの扱いやすさが欧米の市場にかなり近づいたと思います。あとは、現物と金銭の混合拠出の制限を緩和するくらいかなと思いますが、ここは改めて考察したコラムを書きたいと思います。

このように着実に日本籍のETFは使い易い金融商品に進化しています。引き続き、日興アセットのETF、上場インデックスファンドシリーズも日々改善を続けます。よろしくお願いいたします。